テトラ81
巫女の言葉を告げた女性が元の場所に戻ったところで、奥の建物から更に数名の女性が姿を現す。
その女性達も巫女の背後に控えている女性達と同じ物を着ており、手にはそれぞれ食べ物やおそらく酒だろう液体が入った容器などが載った三方を持ち、それをそのまま巫女の少し前に並べていく。
それを見たヒヅキは、あれは多分お供えだろうと予想する。以前女性が剣や魔鉱石の提供を勧めた時に、供物に食べ物などを用意すると言っていたのを思い出したのだ。
それを巫女の前に恭しく並べているという事は、巫女に奉納したという事ではなく、巫女を通して神に奉納したという事なのだろう。そう思えば、この舞台には奥に控室のような建物は在るが、祭壇のような場所は見当たらない。
そうして食べ物などを奉納した女性達は、巫女へと恭しく礼をした後に建物の中へと帰っていった。
それが終わると厳かな曲が奏でられ、村人達や後ろに控えている女性達が巫女へと頭を下げていく。
ヒヅキも神事に参加させてもらっている手前、一応周囲に倣って頭を下げると、それは曲が鳴り止むまで10分ほど続けられた。
ようやく周囲と一緒に頭を上げたヒヅキは、いつの間にか雲が散って太陽が姿を見せていることに気がつく。太陽が大分傾いてもいるが、少し前までその下に不自然に雲が固まっていたとは思えない良い天気だった。
奥の建物から村長が姿を現すと、神事を締めくくる挨拶を始める。
しかしそれは直ぐに終わり、村人達はやや足早に家に帰っていった。舞台の上でも片付けが始まり、神事の延長のように恭しく三方を回収していく女性達。その間中、巫女役である女性は全く微動だにしなかった。
三方が片づけられて女性達が建物の中に入ったところで舞台に一人残った巫女はゆっくりと立ち上がり、数秒立ち止まった後に間延びするような所作で振り返る。その後はすり足気味に建物の中へと帰っていく。
それを見届けたヒヅキは、早々にまだ残っている村人達の輪から離れて宿屋に帰っていく。この後何かあるという話は聞いていないので、特に問題はないだろう。
宿屋に戻ると、ちょうど女将が奥に入っていくところだった。女将も神事に参加していただろうから、ヒヅキよりも先に戻っていたようだ。
それを見た後に借りている部屋へと戻ったヒヅキは、荷物を置いて寝台の上で横になる。
「んー……ふぅ。なんか疲れたな」
寝ころんだまま伸びをしたヒヅキは、今日の神事を振り返って無事に終わったと息を吐く。それと共に次はどうしようかと思ったが、これは女性に訊かなければ分からないことだろう。女性は神事で神に水晶の欠片の残りについて質問すると言っていたのだから。
結局女性に会って話をするまで今後の方針を決められないと結論付けたヒヅキは、明日にでも女性に訊くかと考えて少し眠る事にした。剣の秘密を探る為に集中したからか、思いの外精神的な疲労が濃かった。
(そういえば、仮面の方はあまり調べなかったな)
意識が落ちる少し前にそう思いだしたが、結局今回は剣を通じて別次元へと繋げたようなものなので、剣について調べただけで十分だっただろう。
そう思ったところで、ヒヅキは少し眠りについた。
◆
それから数時間ほどが経ち、すっかり夜になった頃にヒヅキは目を覚ます。
暗い室内で少しボーっとした後、魔力水を飲んで寝台の縁に腰掛ける。
そのまま静寂の中に身を浸していると、ふと音が聞こえたような気がして周囲に耳を傾けてみる。そうすると、とても小さな音ではあるが、遠くから何かの音が微かに届いていた。
古い宿とはいえ、室内にまで音が届くとは何事だろうかと思ったヒヅキは、もう1度耳を澄ませた後に部屋を出てみた。すると、先程よりも一層音が大きくなる。
それに何事だろうかと考えながら、ヒヅキは宿屋を出てみる事にした。




