テトラ80
民衆の前に出た女性は語り出す。といっても、神事という特性からか勿体つけて語る割には、現在スキアが世界各国を襲撃しているとか、魔族の首都も襲われこの村の近くにもスキアが来ているなどの、既にヒヅキが知っている情報ばかりであった。しかし周囲の村人の反応を見るに、この程度の情報でも知られていないということが窺える。
(まぁ、俺の場合は近くに情報通が居たからな)
神に近しい存在や神の敵対者、一国の重鎮などの中央に近い人物。そういった者達の事を思い出し、ヒヅキは自身が恵まれていた事を改めて理解する。だがこの程度であれば、少し情報を収集しようとすれば直ぐに集まるような情報ばかりだ。
(やはり辺鄙なところの住民という事か。それにしてもあの女性が告げる話は現状の確認ばかりだな)
現在行われている神事は未来予告とでもいえばいいのか、神に先の事を教えてもらうための祭事だったはずなのだが、現在舞台に立って民衆に巫女の受けた神託を告げている女性の言葉は、未来ではなく過去と現在の話ばかり。それはまるで、巫女役の女性が知っている情報を告げただけのようにも思える。
それにヒヅキは、本当は神託を受けられなかったのだろうかと思いはしたが、あれだけ大層な感じだったのだ、失敗したとも考え難い。そもそも女性が失敗するとは想像も出来ない。
なのでヒヅキは、女性がわざと伝えなかったのだろうかとも考えたのだが、それは目の前でまだ続いている女性の言葉によって否定された。
現在世界が見舞われている出来事について語った女性は、その後に今後の村について語りだす。しかし、前置きまでして勿体つけて語った割には、その内容はほとんど一言に近かった。というか、纏めると一言で済む。曰く、近く村は亡びるという事らしい。
それを受けて、ざわざわと周囲が不安と恐怖に騒めきだすが、それもしょうがない事だろう。聞いた話や周囲から漏れ聞こえてくる内容から、この村の近くには他に集落1つもないらしいので、避難すると言っても当てがないらしい。
村があるのは国境近くらしいので、その辺に軍隊でも居ないのかと思うヒヅキだが、周囲の話にはそんな話が全く出てこないので、もしかしたら国境警備というモノはしていないのかもしれないとヒヅキは考え始める。
(だがしかし……うーん?)
そう考え始めるも、それはそれでどうなんだと疑問に思う。スキアの脅威を前に、文字通りに国中の兵士でも首都に召集したとでも言うのだろうか? などと考えながらも、別にどうでもいいかとその考えを追い出す。もしかしたら天然の要害とかなんとかで元からそんな物騒なモノは存在していないのかもしれないし。
村や村人の今後についてなどヒヅキには心底どうだっていいので、ヒヅキは舞台に集中する。舞台では、まだ女性が何かを告げようとしているようだが、村人達の騒めきが収まるのでも待っているのか口を噤んでいる。しかし、一向に喧騒が収まる気配はない。
自分の住んでいる場所が神に亡ぶと言われたのだ。それを聞いて直ぐに喧騒が収まるはずもない。このままでは日が暮れてもこのままかもしれないとヒヅキが思っていると、やっとそれに気がついたのか、舞台上の女性がパチンと手を叩く。
魔法でも使ったのか妙に大きく広く響いたその音に、村人達は驚き口を閉じると、音の発生元である舞台に目を戻す。
そうして視線が集まったところで、女性は話を続けた。
とはいえだ、こちらもヒヅキにとっては大した内容ではなかった。というのも、大体どれぐらい先に亡びるとか、その前に何処に避難すればいいだとか、村人達に向けて告げる内容でしかなかったからだ。
一応その内容に耳を傾けながらも、ヒヅキは舞台中央に座する女性の方へと目を向ける。
座っている女性は変わらず仮面を被ったままで、身動きひとつしていない。まるで彫像のような不動の姿に、ヒヅキも呆れてしまうほど。
奥の女性二人は、時折身体の重心をずらすように僅かに身体を揺らすので、その対比で余計に置物感が出ている。
そんな事をヒヅキが考えていると、巫女から受けた話をすべて語り終えたのか、女性は巫女の奥の方に戻ると、元々座っていた場所に腰を下ろした。




