テトラ68
そうして短剣を貰った後、門番の人はヒヅキが持っている獲物に目を向けて、解体しようかと尋ねてきた。流石に首を半ばまで切っただけの獲物なので、気を利かしたのだろう。
少量ずつではあるが、未だに血が流れているのも気になったのかもしれない。道中は土の上だったのでそこまで目立たなかったが、念のために後で水でも掛けておこうとヒヅキは思った。
狩ってきた動物の解体については、女将に頼む予定なのでヒヅキは丁重に断った。門番の人に頼んだ方が安上がりだっただろうが、元からそこまで必要としていなかったので問題ないだろう。それでも、短剣の代金として少量でも肉を届けた方がいいかもしれない。
そんな事を思いつつ、門番と別れて宿屋に戻る。
もうそれほど出ていないとはいえ、中を血で汚しては申し訳ないと思い、ヒヅキは宿屋の入り口で中に居る女将に声を掛ける。宿屋の中に居るのは、気配察知で把握済みだ。
ヒヅキが宿屋の中に声を掛けると、直ぐに女将が姿を現す。
奥から出てきた女将は、ヒヅキの顔を見てにこりと営業用の笑みを浮かべる。そして視線をヒヅキの手元に動かすと、にっこりと嬉しそうな笑みに変わった。結構正直な性格のようだ。
女将が姿を現したところで、ヒヅキは約束通りに解体と調理を頼もうと、まずは獲物の確認も込めて簡単な説明を始めたのだが、その途中で待ちきれなかったのか、女将は「そちらも同じように解体致しましょうか?」 と、手のひらで狩ってきた動物を示して問い掛けてきた。
ヒヅキは説明が不要なら丁度いいと、特に気にせず前回同様に解体と調理を頼む。そう言うという事は、狩ってきた獲物は食用に適しているのだろう。ただ、自身の取り分の半分は門番の人に渡そうと思い、その分は生肉でお願いする。
それらを全て引き受けた女将は、店の前まで出てきてヒヅキから獲物を受け取ると、宿屋の外を回って裏に消えていった。
その後に身体を流そうかと思ったヒヅキだったが、忘れないうちにと一旦外に出る。一応村周辺の血ぐらいは洗い流しておいた方がいいだろうという判断から。
ついでに、門番の人にどれぐらいの間隔で門番をしているのかとか、名前を尋ねておく。流石に住まいまでは訊かないが、狭い村なのでそれだけで直ぐに判るだろう。そう思っていたのだが、話の流れで門番に就いている者が住んでいるのが近場だと知った。
それだけ分かれば肉のおすそ分けの時に困らないだろうと思い、ヒヅキは外の血を洗い流しに行こうとする。
しかしそれを門番の人が止め、理由を尋ねた後に必要ないと言われた。別に血の痕跡が残っていようといまいとスキアは関係なく襲ってくるし、近くに盗賊などの賊は居ない。居たとしても、ろくに食料のないこんな村は襲わないという。
そして、仮に血の跡を追って動物が村に向かってきたのであれば、むしろ大歓迎だと喜ばれた。まぁ、ウサギ1羽だけで女将の喜びようを思えば、それも当然なのかもしれない。村の周辺には動物も極端に少ないようであったし。
門番の話を聞いて、それなら別にいいかとヒヅキは宿屋に戻る。
風呂を沸かすのを頼むのも面倒なので、準備を済ませると裏庭で洗濯のついでに身体を洗う。現在宿屋には女将しか居ないので、周囲に気を使う必要はないだろう。それらを終えると部屋に戻る。その頃には日も暮れそうになっていた。
ヒヅキが部屋で魔力水を片手に休んでいると、女性が戻ってきたのを察知する。外はすっかり暗くなっているので、相変わらず遅くまで頑張っているものだとヒヅキは思う。
舞台設営の進捗状況が気になったが、また雨でも降らない限りは予定通りに完成するだろうと思うことにした。
その後に魔法の修練を少しして、夜も更けたところで眠ることにする。意識が落ちる間際に、肉が期間内に間に合うだろうかと、少しだけ心配になった。
そして翌朝。
いつもよりちょっとだけ早く起きたヒヅキだが、やる事は同じ。そのついでに今日の予定を決める。ただ、これといってやるべき事も思いつかなかった。




