テトラ67
においで感づかれないように風下に移動すると、身を低くして対象の動物が足下の草を食むのをじっと待つ。
むしゃむしゃと口を動かしている鹿っぽい相手は、咀嚼している間は周囲を見回しているが、視力はそこまでよくないのかもしれない。
そして、草を食む時には再び頭を下げるので、その間無防備になる。時間にして数秒程度だが、十分過ぎる時間だ。その様子はヒヅキにはあまりにも無防備に見えるので、もしかしたら群れで暮らしていた動物なのかもしれない。
そんなどうでもいい事を考えながらも、待つ間にどうやって狩るかの思索にふける。
数分程して、キョロキョロと周囲を見回していた鹿っぽいそれは、その場で回るようにして向きを変える。丁度ヒヅキの方にお尻を見せるように動いたので、更にやりやすくなった。
逃げられなくてよかったと思いながらも、相手が足下の草を食む為に頭を下ろした瞬間、ヒヅキは一気に一気に地を駆ける。
力を籠めて駆けだしたおかげで一気に距離がつまり、2歩目で相手の背に飛び乗ると、しがみつくようにして勢いよく首の部分に短剣を突き刺した。
「ぶぅおうふっ!!」
老犬が苦しそうに吠えたような声を出すとよろよろとしだしたので、ヒヅキは相手の横腹を蹴って地面に着地する。
それでヒヅキが跳んだ方向とは反対方向に倒れた鹿っぽいそれは、少しの間空を駆けるように脚をバタつかせたが、直ぐに動かなくなった。
しばらく様子を見て死んだのを確認したヒヅキは、狩った獲物の喉元を切って血抜きを行う。
その後、狩ったそれをどうやって持って帰ろうかと考えたヒヅキは、周囲には何も無かったので、背嚢から木の板を取り出す。記録を付けている木の板よりも大きいが、それでも小型犬ぐらいなら何とか載せられる程度の大きさだ。
取り出した木の板には両側とも端の方に穴が開いている。厚みも数センチメートルぐらいあるので、結構頑丈そう。
ヒヅキは取り出したそれを、倒れている鹿っぽいそれの下に敷いてみる。
「うーん、やはり小さいか」
そのまま穴に紐でも通して引けないかと考えたようだが、やはり木の板が小さすぎて難しそう。
木の板を片付けた後、周囲を見回すも何も無い。血抜きも進んではいるが、このままでは全部抜く前に血が止まってしまいそうだ。
そう判断したヒヅキは、しょうがないと荷物を全て背に回すと、鹿っぽいそれの両手両足をそれぞれ一緒に持って持ち上げる。
「ん」
重さはそれなりに在るが、持てないというほどではない。首の方が下になるようにやや傾けて持つと、血で汚れるのを気にしないのであれば、村までは問題なく持って帰れそうだ。
頭を落とせばもう少し軽くなるのかもしれないが、この動物が何かの確認に必要かもしれないので、今回はそのままにする。
今回は狩ったのが近場だったので、帰りは直ぐだろう。狩るのに少し時間が掛かったとはいえ、夕方前には到着出来そうだ。
ヒヅキは狩った動物を持って村へと向かいながら、帰ったらまた服と身体を洗わなければなと考える。それは狩りの面倒なところではある。宿でなければもう少し気楽に過ごせるのだが。
(流石に神事も近いからな)
普段村人に出会うという訳でもないが、神事に参加する以上、それまでは身だしなみに多少は気を遣っていたかった。流石に血や獣の臭いを纏っている人と覚えられるのは勘弁願いたいところ。
それはヒヅキの自己満足なのだろうが、やる事も無いのだから丁度いいのかもしれない。
ついでだからと前回洗っていなかった他の洗濯物も一緒に洗うかななどと考えている内に村の裏側に到着したので、そのまま回って正面に移動する。
正面の門には今朝と同じ門番の人が見張っていたので、村の中に入った後に声を掛けて短剣を返そうとしたのだが、その前にヒヅキが手にしていた獲物を見て向こうから話し掛けてきた。
門番が驚きと賞賛をくれる中、ヒヅキは短剣を返そうとしたのだが、門番はやると言って譲らなかった。曰く。
「この状況でこれだけの狩りが出来るのだ、短剣ぐらい持ってないと勿体ないだろう」
という事らしい。ヒヅキにはよく解らない理屈だが、何度もやると言われたので、ヒヅキは諦めてもらう事にして門番に礼を言った。




