テトラ61
大回りで移動した事で、ヒヅキはウサギの背後を取った。角は特に脅威には感じなかったが、警戒はしておくべきだろう。
ウサギの背中を少し離れた場所で観察したヒヅキは、頭と胴のつなぎ目に狙いを付けて短刀を構える。
時折耳を立ててキョロキョロと周囲を見回す動作をするウサギだが、まだ気配を消してるヒヅキの存在には気がついていない様子。
周囲を見回した後に再度足下の草を食み始めたウサギへと一気に距離を詰めたヒヅキは、首元目掛けて短刀を振り下ろす。
手にしている短刀を伝って、皮の貫き肉を絶つ感触が伝わる。しかしそれも直ぐに骨の硬い感触に止まってしまった。
力任せに振り下ろしたので、骨の半ばまで刺さったようだが、そこまでのようだ。ウサギもまだ死んでおらず、苦しそうにしながらも何とか逃げようと足を動かす。
首に刺さった短刀のせいで緩慢な動きのウサギを、手を血まみれにしながら上から押さえつけてヒヅキは強引に短刀を抜くと、刃を立てて首を切ろうとしたが、やはり切れ味が鈍い。
長時間苦しめてもしょうがないので短刀を横に置くと、短い光の剣でウサギの首を切り落とした。そのせいで切断面が焼けてしまったが、まだ何とかなるだろう。
「……やはり狩りには使えないか」
役に立たなかった短刀に目を向けたヒヅキは、その短刀を手にしてウサギの切断面を削ぐようにして何とか肉を少し切る。すると、焼けた事で止まっていた血が溢れてきた。
ウサギの後ろ脚を両方揃えて掴み、吊るすようにして持ち上げると、近くに川でもないかと周囲を探る。
「んー? 少し先に水の流れがあるな」
見つけたのは、湧き水が溢れて出来たような細い水の流れ。それでもないよりはマシかと思い、ヒヅキはそちらへと移動していく。
先程山を越えた時よりも速度を上げて移動すると、10分ぐらいでそこに到着する。
そこは数センチメートルほどの幅しかない浅い川。いや、川というほどのものではないのだが、それでも水が流れている。
ヒヅキは切断したウサギの首側を下流に向けて置いてみるも、水量が少ないので直ぐに血の川となった。
「………………」
水の流れる先は少し先の土の中なので問題はないだろうが、それでも何だか見た目が悪い。しかし、水が流れていたのが平原の端の方寄りとはいえ、近くに木のようなウサギを吊るせる場所もないので諦めるしかないだろう。
ヒヅキは血の川よりも上流で血まみれの手を洗うと、水源を探して水の流れを遡ってみた。そうすると直ぐに水源に到着したが、どうやら平原の少し盛り上がった部分から水が溢れていたようだ。
そこから水が溢れて小さな流れが出来たようだが、何も無い平原の只中だというのに、湧き出ている水の量が結構多い。すぐ下にでも水脈が通っているのかもしれない。
そんな事を思いつつ、まぁいいかとヒヅキはウサギの方に戻る。
ウサギは小さいけれど、それでも血を抜くのには時間が掛かる。その間に短刀を奇麗に洗った後に、背嚢から簡易的な研ぎ道具を取り出して刃を研ぐ。どうやら今回は運がよかったようで、ウサギの骨に突き立てた先端は欠けずに無事済んだようだ。
狩り用に刃物を調達するべきだろうかと考えたが、別に必要ないかと思い直す。旅の道中で狩りをする事などほとんど無いのだから。
とりあえず肉が切れるぐらいまで短刀を研ぎ終わると、ウサギの様子を確認する。
「まだか」
流れ出てくる血の量は大分少なくなったが、それでもまだ止まらないようだ。それでももうすぐだろうと思い、空へと視線を向ける。
視線を向けた空にはかなり傾いた太陽があったが、それ以上に雲が出ているようだ。
雨が降るかもしれないなと思い、時間も無いのでウサギの後ろ脚を揃えて掴んで持ち上げると、急いで村に戻る事にする。血がまだ少し出ているが、身体から離して持っているので、気をつければ問題ないだろう。
そうして急いで山を越えて村に戻った頃には、太陽がギリギリ地平線に顔を出しているぐらいの時刻であった。




