テトラ52
「はい? どちら様でしょうか?」
扉を開けて出てきたのは、一人の女性。見た目は十代半ばほどと凄く若い。もっとも見た目通りとは限らないが、それでもそこまで年を取っているようには感じない。
ヒヅキはここが村長の家なのは覚えていたので、この女性は留守番か何かだろうと思い、自分の名前と村長に用がある事を伝える。家の中に居ないのは解っていたので、行き先が知りたかった。
「父は現在出ておりまして」
どうやらこの女性は、村長の娘らしい。という事は、普段はここに住んではいないのだろう。
「どちらに向かわれたかご存知ですか?」
何やら考えているような瞳でヒヅキの事を見ている女性に問い掛けると、女性はヒヅキが来た道とは別の方角に顔を向けた。
「神事の準備に向かっているかと。それでつかぬことをお尋ねしますが」
顔を戻した女性の問いに、ヒヅキは首を傾げる。
「もしかして、神事に多大なご尽力を頂いていると父が言っていた方でしょうか?」
その女性の問いに、ヒヅキはそれほど大した事はしていないのだがと思いはしたが、村長のあの喜びようから推察するに、それはヒヅキで間違いないだろう。
「おそらく、それは私の事だと思います」
「ああ、やはり!」
ヒヅキが肯定すると、女性は嬉しそうな笑みを浮かべて手を合わせる。しかし直ぐに神妙な顔になって頭を下げた。
「この度は神事の開催に際して多大なご尽力を賜りまして、誠に感謝致します」
そう言って下がった頭を眺めながら、ヒヅキは内心で「まだ準備段階なんだけれど」 とも思いはしたが、それだけ感謝されているのだろう。
村へ向かう道中で聞いた女性の話では、元々一定周期ごとに催されていたのに、最近は全然催されていなかったというし。それに、現在はスキアの侵攻により不安な状況だ。そんな状況では、文字通り神にもすがる思いだったのだろう。感謝されている分には問題ないかと思い、それについては流す事にした。
頭を上げた女性は、再度笑みを浮かべる。今度はどことなく親しげな笑みのように思えた。
「それでですが、父には何か急用だったのでしょうか? 可能でしたら私で対応いたしますが?」
女性の申し出に、ヒヅキは丁度いいと思い、お言葉に甘えることにする。
「実は私の持っている短刀の刃が欠けてしまいまして、それでそれを直すか買い換えたいと思ったのですが」
「そうでしたか。しかし、この村に居た唯一の鍛冶師は少し前に亡くなってしまい、今は鍛冶の出来る者はおりません。簡単な研ぎでしたら可能でしょうが、買い替えを望むという事は、もうその段階ではないのですよね?」
「はい。欠けだけではなく、薄っすらとヒビも入っているようでして」
欠けだけでも、既に研ぎでどうこうという段階を越えている部分もあった。それでも記録を付けるだけであれば、当分は問題ないだろう。だが、研ぎだけで済むのであれば、そもそも訪ねてこない。ヒヅキとて旅する身、簡単な研ぎ程度は出来るのだから。
「そうですか。では買い替えという事になるのでしょうが、生憎と外から品が入ってこないもので、短刀も貴重品として保管しているだけでしょうね」
「そうでしたか」
短刀も立派な武器である。現在外には脅威が存在しているが、外に出ない訳にはいかない。果実ばかりではなくて、たまには動物を狩る事もあるだろう。
そんな中で外からは何も入っては来ず、村には鍛冶師不在となれば、現在村にある刃物も貴重品足り得るのだろう。そう思ったヒヅキは、仕方ないかと諦める事にする。ヒヅキの方は別段命に係わるという訳ではないのだから。
(それに、この事もいずれ忘れるだろう)
であれば、何も無かったも同じだろうと自分に言い聞かせ、ヒヅキは次の場所ででも補充出来ればいいなと思い直した。それを次まで覚えていればだが。




