テトラ50
気がつくと眠っていたようだ。目を覚ましたヒヅキはゆっくりと上体を起こすと、周囲を見回して現状を確認する。
しんと静まり返った室内は、寝る前と何も変わりはない。昨日のように目を覚ましたら誰かいるという事はなく、実に平和なものだ。
目覚めに魔力水を1杯飲むと、部屋を移動する。
椅子に腰掛けて一息つくと、採光用の窓に目を向ける。そこから差し込んでくる光は無く、暗いまま。
夜なのだろうがと思いながら、寝る前の事を思い出す。
(あの雲が到着したのかな? でも、雨は降っていない様子。もしくは降った後なのかもしれないが……夜中と思っておこう)
グッと伸びをしたヒヅキは、立ち上がって寝室に戻る。
そのまま寝台に横になると、天井を眺めながら昨日のことを思い出す。
(観測者。あれは一体何だったのか。女性は理解出来たようだが、俺にはさっぱりだな。まぁ、解ったところでどうにも出来ないが。それよりも、神事の方だ。ここの神事は、神と交信して託宣を受けるというやつらしいが、この時世に意味はないよな。もうこの世界の破滅は決定事項な訳だし)
ヒヅキは何となく、現在の世界は既に壊れていて神が維持しているというのを理解していた。その維持している理由は愉しむ為だろうが、結局のところ、ほっといても神が世界を滅ぼすし、神を倒しても世界は滅ぶ。
その2択である以上、神託などに今更意味があるとは思えない。しかし、それを知っているのはごく一部のみだろうから、しょうがないのかもしれないが。
(ま、俺は仮面の使用を観られれば満足だからな)
そうヒヅキは納得すると、目を瞑る。
ヒヅキは、何故自分が神と敵対しているのかという事は考えないようにしていた。理由は単純に、解るけど解らないから。
神と敵対している理由は、ヒヅキの内に眠る存在の想念、いや執念のせいであろう。しかし、何故そうまで神を恨むのかまではヒヅキには理解出来なかった。
どう転ぼうとも、世界の崩壊は決定事項だ。これを乗り越えられる存在は多くない。女性なんかは平然と乗り越えるだろうが、普通は不可能だ。他は神やその眷属といったところだろう。
無論ヒヅキも滅ぶ側だが、それについてどうこう思わない。感情が希薄になっているからというのもあるのだろうが、それ以上に、そもそもそこまで長く生きられるとは思えないから。
中に何が棲んでいようとも、それでもヒヅキにとっては自分の身体だ、その状況ぐらいは何となく解る。完全にとは言えないが、自身の身体を完全に理解している者など居ないだろうから、そんなものだろう。
そういう訳で、ヒヅキは神事自体には価値を見出してはいない。仮面に施されている魔法を観たいだけなのだ。だが、とそこでヒヅキは思考を変える。
(もしも観測者の言葉が正しいのであれば、女性にとってはこの神事はそれだけ重要という事だろうか?)
わざわざ巫女になるぐらいだ、仮にそれがヒヅキに仮面の魔法を見せる為だというのであれば、そもそも神事など催さなくとも、森からの道中で事足りただろう。
それを神事を催させて、それの巫女に就く。であれば、そこには何かしら女性の事情があるのだろう。しかし、女性について詳しくは知らないヒヅキには、それが何かまでは解らない。そこまで興味も無いので、警戒だけは一応しておこうとは思う程度。
(しかし、別次元の神か)
女性の説明が正しいのであれば、元はこの世界を治めていた神らしいが、そんな事はどうだっていい。結局のところ、その神は敗者でしかないのだ。
そんな神の予言に何か意味があるとは思えないが、もしかしたら行えるという質問の方に意味があるのかもしれない。敗者であろうとも神であるのは確からしいのだから。
女性が行うその質問内容を聞けば何か判るかもしれないと思いつつ、ヒヅキは再度眠りにつく事にした。




