テトラ49
「今回も多大なご協力を頂き、誠にありがとうございます」
深く謝意を籠めて村長がそう告げる。実際困っていたのだろうし、それを抜きにしても、提供するのは誰が見ても解る名剣だ。それに大きな魔鉱石を2つ。どれか1つ売るだけでもひと財産は築けるだろう。特に名剣は、一生暮らせる額が手に入ってもおかしくはないほどの素晴らしい剣。
そんなモノを神事の為とはいえ提供して、見返りがその神事への参加のみ。いくら本来内内の神事で部外者は参加出来ないとはいえ、裏があるのではないかと疑いたくなるほどの破格の条件であった。
それでも前回の仮面の件と女性への信頼があるからか、疑われるような事はなかったが。それとそれだけ窮していたというのもあるだろう。
村長からの礼を受け取った後、短い方の剣と仮面に嵌っていた大きな魔鉱石を2つ提供する。それを受け取った村長は、流石に悪いと思ったのか多少なりとも代金を払うと申し出たのだが、ヒヅキはそれを丁重に断った。
流石に国宝級の剣や魔鉱石を適正に買い取れるほどの金額は村長程度では持ち合わせていなかったようだ。それも今回は必要なかったが、そもそも村中からかき集めてもそんな金は捻出できなかっただろう。
大きな魔鉱石もだが剣も存在感が凄いので、しばらく村長はちらちらと視線を向けても、そのどちらにも触れる事が出来なかったようだ。
ヒヅキは神事への参加の許可を改めて確認した後、必要な物などを詳しく聞いていく。しかし、特に必要な物はないらしい。この神事で準備が必要なのは巫女側のみで、ヒヅキ達観衆は大人しく観ていればそれでいいようだ。
剣と魔鉱石の提供の最終確認と、見返りとしての神事への参加を固く約束した後、ヒヅキは村長宅を後にする。日程などは決まったら追って連絡してくれるらしい。
一緒に村長宅へと訪れた女性は、まだ少し村長と話があるとかで残っている。おそらく巫女についての話なのだろう。何も言われなかったのでヒヅキも残っていてもよかったとは思うが、そんなものに興味が無かったので早々に帰ることにした。
村長との話を終えて外に出ると、日は大分傾いていた。それでも夕方というにはまだ早いだろう。
宿への道中で遠方に目を向ければ、遠くにあった雷雲が大分近づいてきているのが確認出来た。
(これは、今夜は大雨かな?)
雲の移動速度と、目測での距離からヒヅキはそう予測する。綿密に調べた訳ではないただの感覚ではあったが、そこまで大きくは外れないだろうし、外れても何の問題も無い。
そう思い、気持ち速度を上げて宿屋に戻る。
宿屋では女将が番をしていたが、相変わらずヒヅキと女性以外のお客はさっぱりらしい。村へ誰も訪れないのだからさもありなん。
それでも女将は気にした様子はない。少し話を聞いてみれば、別にお客が来なくとも食うには困らないらしい。それも辺境の村ならではなのだろう。
そういうことにして、ヒヅキは話を終えると部屋へと戻る。
部屋に戻ると、まずは荷物を所定の位置に置いた後、ヒヅキはそのまま寝台に腰掛けて息を吐く。
予定通りに神事への参加は取り付けたし、不用品の仮面の処分だけではなく、持て余していた剣の1本もどうにか処理出来た。大きな魔鉱石は少し勿体なかったが、別段使う予定も無かったので貧乏性のようなモノだろう。
そう自分の感情を分析したところで、ヒヅキは寝台の上に横になった。
(今日はなんだか疲れたな)
原因は考えるまでもなく、朝にもならない頃合いにやってきた観測者だろう。
観測者から感じたあの圧迫感は、強者を前にした時とは違う根源的な恐怖の様にも思えたが、対峙していた時はそれよりも驚愕や混乱の方が大きくてそれどころではなかった気がする。
意外と人の感情と言うのも侮れないものだと思うも、同時にヒヅキは、自身のそれが薄れてきている事になんだか寂寥感と言えばいいのか、漠然とした寂しさを僅かに感じたのだった。




