テトラ45
「つまりは、現在の神の支配下にある訳ではないと?」
『その解釈で間違いはない。我が身は神に縛られるほど矮小ではない故に』
「名は、ありますか? 私はヒヅキと申しますが」
嘘は言っていないのだろうと思いながらも、とりあえず名前を訊く。もしかしたらヒヅキの記憶に在る名前かもしれない。
『この身の名はシルフィンと呼ばれていたはずだ。だが、我に名など無い。その代り、我らを知る者には観測者と呼ばれていたな』
「観測者ですか?」
聞いたことのない言葉に、ヒヅキは首を捻る。シルフィンという名にも覚えがなかった。それに我らという事は他にも似たような存在が別に居るという事なのだろう。
『そんな大層なモノではないさ。我らはただ観ているだけの存在。観て記録して留めるだけの存在。たまにこうして気紛れを起こすも、ただ観ているだけの存在に変わりはない』
「えっと……?」
シルフィンと名乗った観測者の話について行けず、何とか理解しようと努めるヒヅキ。
『理解する必要はない。それに何の意味も無いからな。我らはただ観ているだけの存在とだけ知っていればそれでいい。本来であればそれですら不要なのだから』
「はぁ」
そんなモノなのかと思わなくもないが、必要ないというのであれば必要ないのだろう。考えたところでほとんど理解出来ないのだし、このままでは話も進まない。
「それで、その気紛れとは?」
相手がどんな存在かはいまいちよく分からなかったが、それでも何か気紛れを起こして話し掛けてきたのは解った。では、その用件は何かと言うのが気になるところ。
『なに、あの剣を渡してもよいのかと問いにきただけだ』
「あの剣……」
シルフィンが言うあの剣というのがどの剣かは、ヒヅキにも直ぐに解った。今日にでも村長に渡そうと思っていた短い方の剣であろう。
だが、あの剣を神事の為に提供する事に何か不都合でもあるというのだろうか? ヒヅキは疑問に思い問い掛ける。
「あの剣を村に提供する事で何か起きるのですか?」
女性の話では、神事に必要な物の1つに武器があるという。その武器が良質であればあるほど神との交信が成功する確率が高くなるというのだが、それは偽りだったのだろうか。それとも、別の目的が隠されていたという事だろうか。そういった思いを込めての問いだったのだが、シルフィンは一言『いや』 とだけ答えた。
「では、どういった意味で?」
『あの剣は良いモノだが、特別というほどのモノではない。あの剣を提供したところで、多少交信が上手くいくようになるぐらいであろう。本来であれば』
「本来であれば?」
『そう。これはまだ確定していない話だが、おそらくこのまま進めば、其方に剣の提供を勧めた者が巫女として参加するだろう』
「巫女として?」
『そうなると、神との交信はほぼ確実に成功する。それ自体は問題ないのだが、結果として其方の居場所は世界に知られる事になる可能性が高くなる。それだけの事をする意味はあろうが、其方はどう思うのかと気になったのだ』
「世界に知られる、ですか。それはつまり神に見つかるという事ですか?」
『その解釈で問題ない』
訊きたい事は色々とある。女性の正体だとか成す意味だとか、むしろ訊きたい事しかないとも言える。だが、まずは今の話を聞いた自分はどうしたいのか。そこを答えるところから始めるべきであろう。何故だかそう思えた。
「元々は神との交信に興味があっただけではありますが、今ではそれをしなければならないような気もしています」
『そうか。それで神との対峙が早まろうとも、それは必要な事なのやも知れぬな』
「え?」
『もしかしたら、我らが思っている以上に早く機は熟しているのかもしれない』
独り言の様にそう呟くと、シルフィンは風に流れるように消えていく。まるで夢での出来事の様ではあったが、ヒヅキに残されたのは疑問だけであった。




