テトラ42
それから少し女性と会話を交わす。といっても、この村の話や魔族の国の現状について聞いたぐらいだが。後は短い方の剣の剣身についても一応。
日も完全に落ちた頃、女性は借りている隣の部屋に戻る為にヒヅキの部屋を出ていく。
それを見送った後、ヒヅキは短い方の剣を手に椅子に腰掛けた。
(これが試作品、か)
鞘に手を置いた後、滑らすように表面を撫でる。ツルツルとしていて、油でも塗っているかのように抵抗を感じない。
(不可視の剣ね)
しばらく鞘を撫でながら確かめた後、鞘から剣身を引き抜く。相変わらずきらりと輝く奇麗な剣ではあるが、女性の説明では、この剣は刃の周囲に見えない魔力の刃を常時展開しているらしい。ヒヅキはそれで指を切ったという事だ。
その魔力の刃だが、ヒヅキが指を切った時に刃近くまで指を近づけた事でも解るように、そこまで長い刃ではない。ただし、これは剣へと魔力を注げばある程度長さを調節出来るらしく、慣れれば部分的に刃の長さを変える事も可能だとか。
とても便利で戦闘にも役立ちそうなのだが、それでも問題があり、不可視の剣を使用すると魔力をごっそりと持っていかれるらしい。それこそ、並みの魔法使い程度では一瞬で干からびてしまうほどに。
不可視の剣を操作しようとしなければそんな事にはならないのだが、それでも柄を握っている間はじわじわと魔力を奪われてしまうという。
つまりは、今現在もヒヅキは剣に魔力をじわじわと奪われている最中という事。それは長時間持たない限りは気づかないほどに微量なのだが、それでも戦闘の最中などはその微量の魔力量で勝敗が決する事もあるので、十分に厄介だった。……それだけでも。
(まさかな、この剣を手に持ったまま魔法を使うだけでも魔力を奪われるとは)
女性の話では、この剣を握ったまま魔法を行使すると、余分に剣にも魔力が流れてしまうという。それも最低でも1割は消費量が増すというのは中々に凶悪だ。
つまりは、やはり試作品という事。普通に振るう剣としては切れ味がかなり鋭いので有用ではあるが、魔法を使う者にとっては最悪の1品かもしれない。もっとも、魔力量が無尽蔵にあるのであれば話は変わってくるが。
(しかし、なるほど。だから昨日から少し魔力の消費が早かったのか)
ヒヅキは身体強化の魔法を使用しているので、それで余分に魔力を消耗させられていたようだ。それでも、ヒヅキの使用する身体強化の魔力消費量はかなり微量なので、一晩程度であれば気にするほどでもないのだが。
(身体強化に関しては、自然に回復する魔力量よりもやや少ない程度で済んでいるからな。そこから少し増えたところで、僅かに収支が逆転する程度)
剣を鞘に納めて机の上に置くと、ヒヅキはひとつ息を吐く。
(確かに話を聞けば欠陥品なのかもしれない。しかし、それでも余りあるほどに馬鹿げた性能だ)
短い方の剣へと目を向けながら、ヒヅキは女性の言葉を思い出す。
魔力を奪うというのを聞けば確かに厄介な剣ではあるのだが、この剣の性能をもう少し詳しく聞けば、むしろそれぐらいの欠陥があって然るべきと思うぐらいの性能であった。
(刃こぼれどころか抵抗すら感じずに岩を斬れる剣。それだけでも耳を疑うが)
過去視で視た女性の行動を思い出し、あれの試作品であればそれぐらいは出来るのだろうとも思うのだが、しかし常識が邪魔をする。普通は剣で岩は斬れないのだから。
(それでいながら手入れ不要。まぁ、岩の中にずっと埋まっていてあの輝きだからな)
錆びず欠けず曲がらず折れず。それだけでもどれだけ楽か。更には汚れも付着しないし、研がなくとも刃の鋭さが鈍る事もない。
(岩が切れて手入れも不要。それでいながら魔法も斬れるらしいし、何でもありだな)
女性の話を思い出し、ヒヅキは苦笑を浮かべる。もしもそんな短い方の剣に魔力吸収以外の欠点があるとすれば、それは使い手という事になるのだろう。




