テトラ40
「何もありませんよ」
魔力回路の先について尋ねたヒヅキに、女性はあっさりとそんな答えを返す。
あまりにも自然に返ってきた答えに、ヒヅキは一瞬考えこむように動きを止めた。
「そう、なんですか?」
「ええ。その魔力回路はただ造られただけですから。魔力回路作製の練習みたいなものですね」
やっと訊き返せた質問にも、女性は呆れたように答えを返すだけ。内容は確かに酷いものであった。
「それでは、これに付与されている魔法は直接組み込まれているのですか?」
「ええ、鞘全体に。でも表面ではなく中に組み込まれているので、見つけるのは大変でしょう」
「なるほど」
その苦労をしたヒヅキは、力なく頷く。ついでに、早く訊いてよかったかもしれないと思った。とはいえ、仮に時間があったとして、このまま調べていった先に何も無かったとしても、最初から予想はしていたのでそこまでではなかっただろうが。それよりも達成感の方が強かっただろうとヒヅキは思った。そこに、女性はついでとばかりに付け加える。
「その魔力回路ですが、実は複雑なのは途中までなんですよね」
「そうなのですか?」
狙って言っているのだろうか? と邪推したくなる事を告げる女性に、ヒヅキはどういう意味かと首を傾げた。
「ええ。先程言いましたが、鞘に魔力回路を作ったのは、魔力回路作製の練習みたいなものなのです。そして、それは途中で達成されたと判断された訳です」
「だから途中までだと?」
「ええ。途中からも一応続いてはいますが、練習を終えたと判断された場所からは、酷く単調なつくりになっております」
「………………」
何だかどっと疲れたような、急激な疲労感と無気力感に教われるヒヅキ。確かにあれだけ複雑に魔力回路を作っていれば、それはそれはいい魔力回路作製の練習になった事だろう。
しかし、それは別にいいのだ。何事も練習というのは大事なことなのだから。ただ問題があるとすれば、それは、そんな練習用の鞘をかなりの一品であろう剣の鞘にした事だ。もしくは、そんな剣の鞘を練習用に使用した事か。
見るからに凄そうな剣である。それこそ遺跡の最奥に隠すように安置されていてもおかしくないような剣だ。経緯はどうあれ、実際壁の中に隠されていた訳だし。
そんな意味ありげで凄そうな剣の鞘であれば、何か凄そうな魔法でも組み込まれているかもしれない。そう思うのが自然だろう。
ヒヅキだってそう思ったから調べた訳で、せめて最後まで当初の想いを貫き通してほしかったと思ってしまうのもおかしくはない。
何だか怒りや呆れなんかを通り越して馬鹿らしくなってきたヒヅキの想いなど気にせず、女性は話を続ける。
「とはいえ、その剣は試作品ですからね。鞘は練習台というよりは、それもまた試作品だったのかもしれませんが」
「は?」
そんな女性の言葉が耳に入ったヒヅキは、驚きと呆れの混じった声を上げて、視線を短い方の剣へと向ける。気分としては、勘弁してくれといったところだろうか。
しかしそれも仕方がないだろう。そう思えるぐらいに、その剣は素晴らしいモノなのだから。
「これが試作品、ですか?」
「ええ、そうですよ」
女性は気楽な調子でヒヅキの言葉を肯定すると、スッと手を持ち上げて、長い方の剣を指差す。
「あれを造る為の試作品です」
「え?」
その言葉に、ヒヅキは女性が指さした先へと視線を向ける。そこには机の上に置いた長い方の剣があるだけで、他には何も無い。まさか机を作るためだとか、そんな訳はあるまい。……そんな冗談すら今のヒヅキは思い浮かばなかったが。
「という事は、この剣とその剣は同じ者が造ったという事ですか?」
「ええ、そうですよ」
短い方の剣と長い方の剣を交互に見遣ってヒヅキが問うと、女性は何処となく誇らしげな笑みを浮かべて頷いた。




