テトラ39
ヒヅキは改めて女性に手伝いを頼んだ後、剣を納めたままの鞘を調べていく。
途中までは調べているが、まだ序盤も序盤なので、先はかなり長い。この剣をいつ村へと提供するかはまだ決めていないが、それでもそんなに時間はないだろう。ヒヅキだって早く神事を観てみたいのだから。
ヒヅキが鞘に魔力を通している様子を、女性はじっと眺めている。今のところ特に助言が必要なところはない。
鞘へと魔力を通してしばらくすると、それを眺めていた女性が口を開く。
「もう少し速度を上げられますか? それに罠はないので。このままでは1年以上掛かるかもしれませんよ?」
その言葉にちらと女性の方に視線だけ送ったヒヅキは、魔力を通す速度を一気に上げる。女性の言葉を全面的に信用した訳ではないが、今まで調べた限りただ魔力回路が延々と続いているだけのようだ。そこに悪意のようなものは一切感じられなかった。
何故無駄に魔力回路を延々と敷いたのか、それはヒヅキには分からない。魔力回路を中に通すだけでも楽な作業ではない。ヒヅキの左手の義手程度でも、熟練の技師が幾日も幾日も籠ってやっと完成させたぐらいだ。
無論、義手の作製は魔力回路を中に設置するだけではないが、それが最も難しい部分である事は間違いないだろう。
それだけ敷設が難しい魔力回路を、ただ無駄に通す。それをこの鞘を造った者はやっているのだ。
確かにこれだけ長いと調べるのが面倒だし、延々と続く魔力回路に辟易してしまう。もしも奥に魔法を設置してあったとしても、変に罠など設置しなくとも十分な撃退効果が得られるだろう。知らなければ、調べるだけでも神経がかなり摩耗していく。
そういう意味では意味はあるのかもしれないが、少し調べただけでも全く進んでいないような長さなのだから、一体作製するのにどれだけの時間が必要だったのか、魔法道具を作製したことがないヒヅキには理解出来ない。
それでも途方もなく時間が掛かったのは解った。だが、果たしてそれをする意味は本当に在ったのか、やはりその疑問は浮かんでしまう。
(もっとも……)
そうは思うも、ヒヅキはちらと女性の方へと視線を向ける。
(視るだけで分かるような相手だと、その苦労が無意味になるのだが)
女性の話が本当であれば、この途方もなく長い魔力回路の先に何か在るのか、女性は既に把握しているという事だろう。それは改めて考えてみても何とも凄まじい能力で、思わずズルいと言いたくなるほど。
(罠に掛かる事もなく安全で、時間も掛ける必要はなく、神経をすり減らす事もない。それどころか手に取る必要も、近づく必要すらないのだから、何とも便利な能力なものだ)
結構な速度で鞘を調べながらも、ヒヅキはついそんな事を考えてしまい、呆れて息を吐き出しそうになる。
今のところ女性の言葉通りに何も無く、女性も上がった調査速度に少し満足げに頷いた。まぁ、それでもまだ不満なようだが。
それを示すようにヒヅキが少し速度を上げると、女性は微かに満足げに頷く。それだけ調べる速度を遅く感じているという事か。
速度を上げるだけであれば、まだまだ速度は出せるのだが、そういう訳にもいかない。完璧にとはいかないが、それでも周囲を警戒出来る速度は維持しなければならない。女性の言葉をそのまま信じる事はまだ出来ないのだから。
ただ、既に常人の倍ほどの速度で調べているとはいえ、鞘全体を考えれば全く進んでいないようなモノだろうというのは事実。仮にヒヅキが速度だけを考えて全力を出したとしても、1日掛けて1割も調べられない。
ヒヅキは調べながら思案した後、しょうがないと諦めて、女性にこの魔力回路の先について問い掛ける事にした。調べるだけなら十分にやったので、残念だが満足はしていた。




