幕間2
「……………」
エインは砦の上から砦の外を眺める。
そこに広がる平原は、幾多の戦闘により所々地は抉られ、大きな穴が空き、かつての平原を知る者は、その無惨な変わり様に嘆くかもしれない。
「……………酷いものだ」
平原に散見する兵士や冒険者の遺体を見て、遺体の回収さえ追い付いていない現状に、エインは歯痒さを感じて唇を噛む。
まるでそんな現状から目を背けるようにそのまま視線を下げると、ボロボロになった砦が視界に入る。
砦だけでなく、エインの周囲や背後に控えている砦を守っている兵士や冒険者も、誰も彼もが満身創痍の姿であった。
最前線とはいえ、その惨状はあまりに酷く、エインはひとつ息を吐いた。
現在のカーディニア王国を取り巻く戦況はかなり悪い。原因は多数あるが、最たるものはスキアが集団行動を取り出したということだろう。
只でさえ個で小国の軍事力に匹敵するスキアである、それが数を揃えて攻めてきたのだ。それは最大級の悪夢であり、未だに国が残っているだけでも奇跡と言えた。
「ベールやホーンは滅んだのだろうか?」
スキアが南下してきた先の国を思い出し、エインはその存亡が気になった。
「まるで蝗の大群だな」
スキアが国を端から食らい尽くしていく様を幻視して、エインは口の端を皮肉げに持ち上げた。
「指揮官でも居るのだろうか?相手が人ならまだ戦えるんだがな」
エインは人であり、スキアは人外である。
人には人の理屈が在り、それを指針に行動している。エインは人なのでそちらの方は理解出来るのだが、人間の住む世界の外の理論など埒外過ぎて対処のしようがなかった。
それでも知ろうと努力してはいるが、努力したからといって、外から見て簡単にそれが理解出来るほど単純なものではない。
「人が相手ならね……」
エインはチラリと近くに控える側近たちの方に目をやり、人知れずため息を吐いた。
獅子身中の虫、つまりは間諜が紛れ込んでいるのは知っている。それも複数の場所から。
就いている地位が就いている地位なだけに、敵が多いのだから仕方がないが、だからといって簡単にそれを排除出来るものでもなかった。出来たとしても次々と湧いてくるのでそれは徒労に近い。というより、新たな間諜を更に警戒しなければならない分、余計な手間だ。
しかし、分かっているからこそ出来る使い方というものがある。うまく立ち回れれば、間諜というものは意外と役に立つ存在でもあるのだ。
例えば、こちらの都合がいい方向に誘導する為に偽りの報告を持たせたり、相手を内部から崩壊させる為の情報を流させたりと、色々と便利であった。
実際、エインは相手の間諜を巧みに使い、手駒を動かさずに相手陣営を崩壊させることに成功していたりする。肝心なのは情報の補強だ。
こういう人間相手ならば、エインも対処のしようがあるし、同じ人間同士ならば戦いの形をとることも可能だった。
だから、相手が悪いと言ってしまえばそれまでなのだが、エインとしては殲滅とまで言わないまでも、最低でも追い返すぐらいまでは実現したかった。
(他の前線が下がったのなら、ここも下げるべきだろうか)
エインはここに来る前に入ってきた報告の内容を思い出し、地平を眺めながら黙考する。
もし地図上に現在の前線を繋げて横線を引いた場合、エインが守っている砦だけが突出しているような線が出来上がる。
人相手ならばそれを利用した策を練るか、退いて足並みを揃えるかを考えるのだが、スキア相手ではその両方とも効果があるのかさえ疑わしかった。
「付近にスキアの姿は確認されてないな?」
「はい。ご命令通り監視は密にしておりますが、先日の戦闘以来確認されておりません」
エインの問いに、側近の一人が淀みなく答える。
「そうか」
それだけ言うと、エインは踵を返して砦中央に建てられている背の高い建物に戻っていく。
(物質や兵員の補充は間に合うだろうか)
その道中、エインは補充日程と物質の残りを頭に思い浮かべながら計算する。
最初のような事態にならないように、わざと遅延を起こした連中は残らず粛清した。それで全てが上手く回る訳ではないが、その辺りの手回しも当然済ませている。
それでも皆の命を預かっている以上、どうしても不安になってしまうのである。
本部の一室に入ると、様々な雑務をこなす。前線だからといって執務がない訳ではないのだ。
その間もスキアの影は一切確認されなかった。
今まで毎日のように攻めてきたスキアなだけに、こうも急に姿が消えると、エインは言い知れぬ不安を覚える。
(これが嵐の前の静けさではないことを祈るか……)
エインは机に向かってペンを走らせながら、そっと神に祈るのだった。