テトラ37
ヒヅキは女性と話した後、一緒に宿屋に向かう。
宿屋に到着後は女性と共に借りた部屋に戻り、女性を椅子に座らせてから寝室に一人移動して背嚢を棚に置く。
その後にヒヅキが剣を持って戻ってくると、持ってきた剣を机に置くヒヅキに、女性は剣に視線を向けながら、思い出したように声を掛ける。
「そういえば、神事の準備は今日から行われるらしいですが、必要な物を揃えるのに時間が掛かりそうという事でした」
「どれぐらいか分かりますか?」
「詳細は分かりませんが、どんなに遅くとも一月以内には終わるのでは? 元々定期的に行われていた神事なのですから、準備と言いましても、壊れている物を直すか新しく用意したり、巫女などの必要な人員を手配したり、供え物を用意するだけでしょうから」
「なるほど。では、その巫女探しが難航しそうなのでしょうか?」
物を直したり新しいのに替えるというのも大変だろうが、それよりも実際にお面を被る巫女の選定の方が難しそうだとヒヅキは考えた。
供え物に関しては内容に因るだろう。人身御供とか言われれば難航しそうだが、村を見て回った感じ、そんな風習があるようには見えなかった。
「いえ、供え物の方らしいですよ」
「供え物? それは?」
そうは見えなかったが、女性の言葉に一瞬もしかしてと疑問を抱いたヒヅキだが、直ぐにそんなはずはないだろうと思い直し、女性に尋ねてみた。
「供える物はそう多くはありませんが、もっとも難航しているのは武器でしょうね」
「武器?」
「ええ。主に剣ですが、武器であれば特にこれといった決まりは無いようですよ」
「そうなんですか」
「ええ。行商人が来なくなっていますからね、用意するのも容易ではないのでしょう。ですが、まぁこの村にも武器はありますので、その場合あまり良質とは言えないでしょうが、それでも武器には変わりありませんので、問題はないでしょう」
「供え物は形式的な物なのですか?」
そのヒヅキの問いに、剣からヒヅキの方へと視線を向けた女性は、少々困ったように声を出す。
「いえ、一応意味はありますよ。と言いましても、儀式の成功率を少し上げる程度ですが」
「へぇ。供え物で変わるのですね」
驚いたようにそう零したヒヅキに、女性は視線を剣に戻す。
「今回の神事ですと、仮面に供え物が共鳴して魔力を増幅したり、魔法を繋ぎやすくしたりするのですよ。その結果が成功率の上昇。ああ、と言いましても、全ての供物に効果がある訳ではないですよ。食べ物などはその最たるものかもしれませんね。備えたところで神が食べる訳でもありませんし、食べ物は結局食べ物ですから、何者かが細工をしない限りはそれ以上でもそれ以下でもありません」
「なるほど」
そこで女性は机に置いた剣を指差す。因みに短い方の剣。
「例えば、そこの剣を供え物にしたとしましょう」
「ええ」
剣に視線を向けながら、ヒヅキは頷く。
「それだけで成功率は大幅に上がるでしょうね」
「そうなのですか?」
「ええ。それに大きめの魔鉱石が1つ……いえ、2つもあれば、あとは巫女の資質次第でほぼ確実に成功するかもしれませんね」
「……なるほど」
だから仮面に大きな魔鉱石が取り付けられていたのだろうかと、ヒヅキは考えた。無論、使用する際はちゃんと外すだろうが。
「その辺りも供え物として用意するでしょうが、そこまで大きな魔鉱石はそうある訳ではありませんからね。質も関係してきますし」
そう言って、女性はわざとらしく肩を竦めた。まぁ、十中八九知っていて言っているのだろう。
それについては別にどうでもいいが、ヒヅキとしてはそれで成功するのであれば剣も魔鉱石も提供してもいいと思っている。しかし、無償でとなると面倒な事になるかもしれない。
(しかし、金銭は要らないし)
元々大して使用する予定はなかったというのに、今では結構な額を持っているので、これ以上は必要なかった。むしろ有るだけ場所を取るので邪魔に等しい。
では他にと考えるも、思いつくものはなかった。宿代は払わないとお金を得た意味がそもそもなくなる。かといって、他に何か欲しいモノも特にない。水晶の欠片でもあれば別だが、女性の反応を見るに、ここには無いのだろう。仮に在ったとしても、以前女性がここを訪れた際に回収している事だろう。
そうしてヒヅキが悩んでいると、女性が顔を向けて問い掛けてきた。
「どうかしましたか? 何か困りごとでも?」




