テトラ32
それとも注ぐ魔力量が少なすぎたのだろうか? そんな事を思いつつ、魔法道具を観察する。
前回は注いだというよりも吸収されたといった方が正しかったので、しばらく観察した後に手を伸ばしてしっかりと魔力を注いでみることにした。
対象から魔力を吸収する性質があるようなので、魔法を行使する時の様に魔力を手のひらに集めてみる。そうすると、体内から何かが引きずり出されるようなぞわっとした感覚が一瞬襲ってくる。どうやら思っていた以上に魔力吸収の力があるらしい。それも近づける魔力量が多ければ多いほどに高まるのかもしれない。
先程とは打って変わって明るく室内を照らす魔法道具。これなら長時間本を読んでいられそうだと思い、眩しいぐらいの明かりにヒヅキは目を背ける。
(しかし、魔力を吸収する事が出来るのであれば、周囲の魔力を吸って明かりを維持する事も出来そうなものだが)
不思議そうに首を傾げるたヒヅキは、部屋に在った椅子に座って腕を組む。離れた位置からならば眩しさも多少緩和されるので、少しの間であれば観察も出来る。
とはいえ、ヒヅキには離れた場所から魔法道具の構造を調べるなどという高度な技術の持ち合わせが無いので、観察した後に推測するしかないのだが。
「はぁ。分からないな」
諦めて頭を掻いたヒヅキは、立ち上がり寝室に移動する。寝室の魔法道具は起動させていないので、扉は開けっ放しだがそこまで明るくはない。
ヒヅキは気にせず寝台に近づくと、近くに在った棚の前で足を止めた。
(これもよく解らない剣だよな)
二本の剣を手にすると、そのまま明かりを点けた部屋まで戻る。
部屋に戻ると、ヒヅキは女性から渡された長い方の剣を机の上にそっと置く。
その後にドワーフの国で見つけた短い方の剣を手に椅子に座ると、鞘に収まったままの剣に目を向けた。
(……見た目はそれほど変わったところはないか)
改めて光の下で剣を様々な角度から確認したヒヅキは、見た目には他の剣と大差ないかと鞘から剣を抜く。
鞘から剣身を引き抜くと、眩いばかりの銀色が目に入る。相変わらずしっかりと手入れをされているかのような輝きだが、ヒヅキはドワーフの国で少し剣を確認した後はずっと鞘に納めたままだったので、当然その間に手入れなどは一切していない。
剣を全て引き抜くと、鞘を近くに在る机の上に置く。
ヒヅキは柄を片手で持ったまま、手首を捻って様々な角度から剣身を確認する。光を眩く反射させる剣身には、刃こぼれひとつ見当たらない。
空いているもう片方の手で剣身の側面に軽く触れたりちょっと叩いたりしてみたが、特筆すべきものはなかった。
(ふむ……)
ヒヅキは少し考え、人差し指の先を刃の部分に触れるか触れないかといった位置まで近づけてみる。すると。
(……触れてはいなかったと思ったが)
指先に僅かな痛みを感じて手を引き確認してみると、指先から血が流れていた。
(表面を僅かに切った、といった感じではないな)
ダラダラと指先から流れる血液を眺めながら、傷の深さを知る。親指で血を軽く拭ってみると、パックリと切れている傷痕が確認出来た。それも直ぐに溢れてきた血で見えなくなったが。
とりあえずヒヅキは治癒の魔法で血を止めると、剣を鞘に納めて机の上に置く。そのまま寝室に戻って背嚢から布を取り出し、指先の血液を拭きとる。
その後に布を魔力水で少し湿らせて付着した血液を拭いた後、戻って床に少し落ちた血液も拭きとっておく。
片付けが済んだ後、布を机の上に置いて、再度短い方の剣を手に取る。
(切れ味が鋭い。という訳ではないよな)
鞘から抜いた剣を眺めながら、先ほどの出来事を思い出す。流石にどんなに切れ味が鋭くとも、触れてもいない対象を斬る事は不可能だろう。よしんば出来たとしても、あれほど深くは斬れないと思われた。
(この剣が普通の剣ではないのは知っていたが、これはこれで厄介だな)
刃から僅かに離れた位置まで斬れなかったところから考えると、そこまで離れた場所を斬れる訳ではないのだろうが、それでも扱いに困る剣ではあった。これではおちおち鞘から引き抜く事も出来ないだろう。




