テトラ27
それからしばらく月を眺めていたが、乗り物が月を通り過ぎるにはまだまだ時間が掛かるようで、ヒヅキは視線を下ろす。
そのまま周囲へと視線を巡らすも、相変わらず何も無い。何かが襲ってくるような事もないし、魔族の姿も見当たらない。
村の方には小さな明かりが幾つか灯ってはいるが、家の明かりはほとんど確認出来ない。それでも明かりが灯っているので、村には誰も居ないという事はないようだ。
女性はまだ夜空を眺めているようなので、その間にヒヅキは半端だったものを片づけていく。魔法道具だってまだ全て調べ終わっていない。
未精製の魔鉱石は大半をフォルトゥナに預けていたので手元にはほぼ無いが、背嚢の中に入っているそういった細々とした物を取り出しては作業していく。魔法道具を調べるのは時間が掛かるので、もう少し余裕がある時の方がいいと考え、そこまでは手を出さなかったが。
そして翌朝。完全に日が昇ったところで、村へと移動する。
(しかし、警戒していると言いながらも、見回りをしている訳でもないんだな)
魔族の姿が見られない村に、ヒヅキはそう思う。村の周囲には柵や堀なども無いので、無防備にしか見えない。
村の前に到着しても魔族の姿は確認出来ず、ヒヅキは本当にここに誰かが暮らしているのか疑問に思えてきた。
それについてヒヅキが女性へと声を掛けようとしたが、女性はさっさと村の中へと入っていってしまう。
疑問を問い掛ける機を逸したヒヅキは、黙ってその後に続く。そして村へと足を踏み入れると、突如として魔族が姿を現した。
ヒヅキ達を半円に囲むようにして立つ六人の魔族。手には武器らしきものが確認出来るが、どれも先を少し尖らせた変わった農具のようにも見える。もしも農具であれば、使い勝手は悪そうだ。
女性の言う通り、魔族は見た目は人間と然して変わらない。魔力量は確かに多いが、それ以外では区別が難しいだろう。
着ている服は薄汚れた服で、見るからに安物。その姿は手に持つ農具の様な武器もあって農家にしか見えないが、あまり裕福には見えない。
顔には恐怖や怯えといった感情が浮かんでいるが、女性を見る目は何処となく安堵している様にも見える。以前女性はここを訪れたと言っていたから、顔見知りを見て少しホッとしているのだろう。
しかし、1度出た事には変わりはない。それも今回は見知らぬ人物も連れているのだから、警戒するのも頷けた。
といっても、女性が村人達へと説明しているので、ヒヅキは黙ってじっとしていればいいだろう。密かに村を観察してみるが、どういう訳か外から見るよりは丈夫そうな家が建ち並んでいる。
背が低いながらも村の周囲には柵も張り巡らされていて、外から見た光景と食い違っていた。
(………………ふむ。何らかの魔法か?)
おそらく幻影でも映していたのだろうが、外に居る時にヒヅキは感知魔法を使用していたが、この村の事は解らなかった。なので、かなり高度な魔法なのだろうが、それにしては疑問も浮かぶ。
(外からは廃村、もしくは廃れた村に見せるのは解る。少なくとも盗賊相手では防衛にはなるだろう。しかし、僅かだが夜に明かりが見えるのもだが、何より実際に村の在る場所にそれを見せる必要はあるのだろうか?)
ここにしか村が造れないのであればそれも納得出来るが、周囲は平原。村など何処にでも造れそうな土地だらけだ。
この様子では畑も何処かに隠しているのだろうが、それでも土地はかなり余っているだろう。であれば、この場所を隠して別の場所に村を投影した方が安全ではないだろうか? ヒヅキはそう疑問に思った。
(とはいえ、村1つを覆うほどの幻影だ。であれば、何かしらの制約があるのかもしれないな。それに、これは誰かが生み出しているのか、それとも魔法道具なのかでも変わってきそうだ)
そんな疑問を抱いている内に話は終わったようで、村人の案内で村長の家まで案内してもらえる事になった。
その様子を見たヒヅキは、よほど女性はここの村人に信を得ていたのだろうと考える。なにせ案内する村人達からは、先程までと違って大分警戒心が薄れていたのだから。




