テトラ25
「何分昔のことで、とでも言いたいところですが、どうも動力炉が砕かれた事で記憶に混濁がみられまして。中には失った部分もあるでしょうから、もしかしたらそちらの部分に含まれているのかもしれません」
「……………………」
疑わしそうな目を向けるヒヅキ。言いたい事は理解出来るが、それを信じられるかと問われれば、難しいだろう。ヒヅキはまだ女性の事を完全には信用していないのだから。
それに、今までそんな素振りも見せてはいなかった。それについては、ヒヅキが女性についてよく知らないのも原因ではあろうが。
そんなヒヅキの考えを理解した女性は、困ったような笑みを浮かべる。
「疑う気持ちも理解出来ますが、本当の話なんですよ」
それだけ言うと、何を言っても信は得られないだろうと、女性はヒヅキから視線を切って夜空へと視線を向ける。雲が出ているので満天の星とまではいかないが、それでも夜空に星が美しく輝いているのが確認出来た。
しかし女性は、夜空へと視線を向けながら、雲の合間に見え隠れする月を視界に収めると、僅かに目を細める。
ヒヅキは先程の女性の話を考えながら女性の横顔に視線を向けていたが、やがて女性の視線を追って夜空に視線を向けた。
「……………………」
視線を向けた先に広がる星の瞬く夜空は、いつ見ても美しいものだとヒヅキは思ったが、しかし直ぐにため息を吐きたくなった。その原因は、夜空に浮かぶ欠けた月。
相変わらず気味の悪い気配を漂わせている月だが、ヒヅキはその原因について推測はしている。というよりは、ほぼ確信している。
(何をそんなに監視しているのか)
内心でそう呟くも、寒気のする視線を常に感じているので、何を監視しているのかは考えるまでもない。無論、他にも監視している対象は居るのだろうが、それでも最も熱心に観察しているのは間違いなくヒヅキだろう。
ヒヅキの隣で夜空を眺めている女性も月の正体については知っているようで、先程から鋭い視線を月に送っている。
おそらく女性はヒヅキよりも詳しくそれについて知っているのだろうが、残念ながらヒヅキはそこまで詳しい訳ではない。地上には情報が少ないので知る機会には恵まれなかったというのもあるが、ずっと傍には敵が居て監視されていたので、知るというのも難しい状況だった。
(……ここで訊くのは簡単だが、おそらくコイツは話さない。何故かは知らないが、本当に記憶が無いのかもしれないし、別の理由かもしれない)
女性とは付き合いが長い訳ではないし、個人的な話はほとんどしていないが、何故だかヒヅキにはそう思えた。今はまだ時期ではないのかもしれない。
(まぁ、そもそも神について知ったところで、俺にはどうする事も出来ないがな)
神は敵だとヒヅキは認識しているが、おそらく向こうはそんな事は考えていないだろう。ヒヅキは神の敵になり得るほど強くはないのだから。
それでもただ黙っておもちゃにされるのも癪なので何かしら抵抗をしようと思うのだが、今ヒヅキに出来る事は女性に元の力を取り戻させるぐらいだろう。神に抗う力を持たないヒヅキには、他力本願ぐらいしか道はない。それについてヒヅキは、最早情けないとも思わなくなっていた。それぐらい神とヒヅキでは格が違っているのだから当然だが。
(………………ん?)
自分の矮小さを改めて認識したところで、さてこれからどうしようかとヒヅキが月を眺めながら考えていると、少し違和感を覚えて月を凝視する。
雲間に見え隠れしているので見えづらくはあるが、月の端の辺りに何か小さな黒い点のようなモノがあるように見えた。
あまりにも小さな点なので、ヒヅキは最初見間違いか元々あった物を見落としていたのだろうと思ったのだが、雲が流れて月を隠した後、再度姿を見せた時には、僅かだか黒い点の位置がずれている。
それでも本当に僅かなので、やはり気のせいだろうと思っていたのだが、ふと気になって隣を見てみると、先程まで何処かまだぼうっとした雰囲気で月を眺めていた女性が、真剣な顔で月を睨んでいた。




