テトラ22
(何をした?)
女性が差し出した手のひらの上に乗る果実に視線を落としながら、ヒヅキは不思議そうに首を捻る。
この果実を女性がはじめから所持していたという可能性もあるにはあるが、わざわざそんな事をするとは思えないし、意味も無い。これがウィンディーネ辺りであればその可能性も考慮しただろうが、目の前の女性はウィンディーネのように悪戯を行うところを見た事はないし、ヒヅキに対しては終始好意的なので、それは考え難いだろう。
であれば、本当にヒヅキの感知できない方法でもって果実を入手したのだろう。それも振り返る前に見上げた先の果実だと思われた。
女性が見上げていた場所はヒヅキが見上げていた場所とあまり変わらないので、特段高いという訳ではないのだが、それでも普通に跳べば手が届くというほどの高さではない。それに、ヒヅキの目には女性がその場から動いた様子は捉えられなかったので、目の前に在るならばまだしも、少し高い程度でも驚いた事だろう。
そうしてヒヅキが困惑しながら果実をジッと眺めていると、女性は困ったように口を開く。
「食べないのですか? この果実に毒は含まれていませんよ」
女性のその言葉で、ヒヅキは自分がジッと果実を眺めながら考え事をしていた事に気がつき、ハッと顔を上げた後に申し訳なさそうにしながら、礼の言葉を伝えて女性の手から果実を1粒貰い受けた。
果実を貰うと、ヒヅキはそれに観察するような目を向ける。
その果実は、おおよそ2、3センチメートルの球状の物体で、色は明るい灰色とでも言えばいいか。やや茶色っぽくはあるが、美味しそうには見えない。実際に美味しくないらしいが。
ヒヅキはそれを観察しながら、これをそこら辺に置いておいたらもしかしたら小石と見紛うかもしれないと思った。
果実を摘まんでいる指に少し力を入れると微妙に弾力は感じられるが、果皮は堅いらしい。これを潰すにしても大変そうだと思いながら、ヒヅキは女性の方に顔を向ける。
「これはこのまま食べていいのですか?」
確かそう説明されたはずと思いながら問い掛けると、女性からは「ええ、そうですよ」 と頷きが返ってくる。その後に「食欲は起きないでしょうが」 と苦笑するような口調で言葉が続いた。
その言葉を受けてヒヅキは確かにと頷くと、その意外とつるつるしている表面を魔力水で軽く洗って口の中に入れる。
「……………………ん」
堅い果皮に徐々に力を入れていき果実を噛むと、中からぶわっと液体が出てくる。果汁なのだろうが、その液体がもの凄く苦い。
わざわざ苦味だけを濃縮させたようなその味にヒヅキは僅かに顔を顰めるも、ギリギリ耐えられないほどではないようで、そのまま咀嚼してみる。
そんなヒヅキに女性は感心したように驚くと、「よく吐き出さずに食べられますね」 と感想を述べる。
ヒヅキとて本当は今すぐにでも吐き出したいのだが、それは勿体ないと思い、また好奇心もあって食べているに過ぎない。苦くはあるが身体に悪い訳ではないようだし、そもそもそれを調べる為に食べているので、一応食べた方がいいかという考えもあったが。
そうして咀嚼していくも、その苦み以外はただの噛み応えのある物でしかない。強烈な苦味さえなければ、木の皮でも齧っているような気分になってきそうだ。
飲み込める大きさまで咀嚼すると、その間に用意していた魔力水と共に口の中の物を一気に胃へと送り込む。更に追加で魔力水を飲んで、少しでも口の中を洗い流す。
口の中が空になったところで、魔力水の入った水瓶と容器を片付ける。未だに口の中に苦味は残っているが、かなりマシになったので気になるほどではない。その前までが酷過ぎた。もしかしたら味覚が麻痺しているのかもしれないが。
「よく食べられましたね」
1粒とはいえ、完食したヒヅキに女性は賞賛するような声を出す。
それを受けてヒヅキが女性の方に顔を向けると、何とも微妙な表情を浮かべて「ええ、まぁ」 と曖昧に頷いた。




