ガーデン13
「こう何度も言うものではないのだろうけど」
その後、仕事の報酬についてなどの話を終えると、シロッカスは不意にそう前置きをして、椅子から立ち上がる。
「ペンダントを拾ってくれたこと、心より感謝致します」
ヒヅキに頭を下げたシロッカスは、頭を上げると、穏やかだけどどこか哀しげな笑みを浮かべた。
「あのペンダントは、アイリスにとって母の形見というだけでなく、私にとっても大切な代物なのだよ。なにせ、私の最愛の人が遺した唯一の品だからね」
そこでシロッカスは小さく笑った。
その笑みは哀しげでありながらも、何かを思い出したのか、とても楽しげでもあった。
(こういうのが誰かを想う、ということなのだろうか)
その笑みを見て、ヒヅキはそんなことを思うと同時に、その尊さに何故だか直視するのを躊躇われ、そっと目を伏せた。
「あぁ、すまない。妻の事を思い出していたよ」
自分の世界に入りかけていたシロッカスは、ハッとしてそう弁解する。
「妻は物を遺すことをあまり好まなくてね。それであのペンダントだけが唯一の遺品なのだよ。まぁ服なんかはあるにはあるが、流石に持ち歩くには向かないだろう?」
そう言って、シロッカスは冗談目かして肩を竦めた。
「だからあのペンダントはとても大切な物のなのだよ。特にアイリスにはね。私はほら、物ではないが、妻が遺してくれたアイリスという大事な大事な一人娘が居るからね!」
アイリスを想ってデレデレと相好を崩すシロッカスには、威厳というものがまるで存在しなかったが、しかし立派な父親であった。
(……………)
そんなシロッカスを見て、ヒヅキは殺された両親の事を想い、少し複雑な気持ちになる。
(もし生きていたら、今の俺を見てどう思うだろうか?もしあの襲撃が無かったら、あのまま幸せに暮らせていたのだろうか?もし、もし……止めよう。とりとめもなければ、意味の無い問いだ。一度手元に来たものは変えられないのだから)
ヒヅキはゆっくりと目を閉じると、一拍置いてから、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
それが済んだ頃には、切り替えが終わっていた。
「ゴホン。まぁとにかく、ペンダントを拾ってくれてありがとう」
ちょうどそのタイミングで現実に戻ってきたシロッカスは、咳払いをして表情を引き締めると、改めてヒヅキに礼を述べた。
「しかし、本当に何も要らないのか?自慢ではないが、私はこれでも多少は顔が利く方でね、ちょっとくらいの無理難題なら叶えられる自信はあるのだが?」
とても不思議そうに問い掛けてくるシロッカスは、どこか不本意そうで、もしかしたらヒヅキの反応を侮られていると取ったのかもしれない。
しかしヒヅキとしては、礼を述べられるような事をしたという自覚がないため、礼を述べられた時点で謝礼としては過剰な気がしていたし、それでも何か礼をしたいと言うのであれば、一晩お世話になっている時点で十分だった。
故に、シロッカスの問いに対してのヒヅキの返答は決まっていた。
「もう十分過ぎるほどの礼を頂きました。これ以上何かを要求しては、過剰に受け取ることになってしまい、こちらとしましては、大変心苦しく感じてしまいますので、これ以上の礼は不要でございます」
そのヒヅキの答えに、シロッカスは不満げながらも「そうか」と、頷いてくれた。