テトラ9
「遠くに見える石塔らしきモノはなんですか?」
前を歩く女性へとヒヅキが問うと、女性は顔を横に向けてヒヅキの方へと視線を向ける。その前に一瞬、石塔へと視線を向けたような気がした。
「あれは結界石ですね」
「結界石?」
聞き慣れない言葉に、ヒヅキは首を傾げる。
「そのままの意味ですよ。あの石塔がこの森を覆っている魔法を発動させているのです」
「境界付近を中心に発動している妨害魔法ですか?」
「ええ。流石に気づいていましたね。それが結界。この地への侵入を防ぐ魔法です」
「こんな内側に在るんですね」
「はい。あれは起点ではありませんから」
「どういう意味ですか?」
魔法にあまり詳しくは無いヒヅキは、女性の言葉に考えるように問いを返す。
「あれは終点の役割を担っています。それだけではないのですが、あの結界石より内側は妨害魔法の効果が及ばないのです」
「なるほど。では、起点となる部分は別に?」
「ええ。それは森と外の境界付近に」
「なるほど」
ヒヅキが女性の説明に頷くと、それを確認した女性は前を向く。それから少しして、「ああ」 とわざとらしく声を出して顔を上げたと思ったら、女性は顔をヒヅキの方に向けて口を開いた。
「一応伝えておきますが、結界石には近寄らないでくださいね?」
「何故です?」
「あの結界石には防衛機能が備わっているので、近寄ると大怪我をしますよ」
「そうでしたか」
元々近寄る気もなかったので、ヒヅキは大した問題ではないと頷き、理解した事を伝える。
それを確認した女性は、微笑むように目を細めた。しかしその微笑みは、何処か今までの優しげなものとは違って見えたヒヅキは、訝しげな目を女性へと向ける。
「ええ。貴方でも最悪死にかねないので、お気をつけください」
「……そうですか」
直ぐにいつもの微笑みに戻ったものの、先程の値踏みするような目は少しヒヅキを苛立たせた。とはいえ、表に出すほど強くはないし、直ぐに苛立ちも霧散したので、ヒヅキは気にしない事にした。
それはそれとしても、結界石の防御機構というのはそれほど強力なのかと驚愕する。それとともに、近づかないようにしようと改めて心に刻む。元から近寄る気はなかったが、何かの拍子にうっかり近寄ってしまう可能性もあるだろう。
女性は顔を正面に戻す。
ヒヅキは女性の後頭部に目を向けるも、何故だか見られているような感覚が湧く。
(まぁ、この相手ではな)
しかしそれも、相手を思えばおかしな事ではないのだろう。それだけ女性も得体のしれない人物だし、それぐらいは無ければ神の敵とまでは言われないだろう。
そこまで考えたところで、そういえばドワーフの国で水晶の欠片を回収したんだったなとヒヅキは思い出す。
女性の後に続いて歩きながら、器用に背嚢から水晶の欠片を取り出したヒヅキは、それを渡そうと女性に声を掛けた。
「あの、水晶の欠片をドワーフの国でも見つけたので、どうぞ」
そう言いながら、ヒヅキは水晶の欠片の入った小箱を女性の方へと差し出す。
ヒヅキの言葉に女性は立ち止まると、身体ごと振り返り、ヒヅキが差し出している小箱に視線を向ける。
「よろしいのですか?」
「ええ。私では使い道がないので」
「そうですか。では、遠慮なくいただきます」
女性はヒヅキに近づくと、丁寧な手つきで小箱のふたを開けて、中に入っていた水晶の欠片を受け取ると、そのまま手のひらから水晶の欠片を体内へと吸収した。
その瞬間、女性の存在感が増したような圧迫感をヒヅキは覚える。
水晶の欠片を吸収した事で、また力が戻ってきたのだろう。まだ完全に力は戻ってないというのに、近くに居たヒヅキは、既にウィンディーネなんかとは比べ物にならないほどの気配を感じていた。




