テトラ7
ヒヅキがどうしたものかと思案しつつ閉口していると、女性は一瞬何かを考えるような間を空けてから口を開く。
「という事は、あれに認められたという事ですか」
独り言の様な呟きでいながら、声量はヒヅキに届くような女性のその言葉に、ヒヅキは眉根を寄せて訝しげな顔をした。
それに気づいた女性は、相変わらずの笑みを顔に張り付けたまま、先程の発言の説明を始める。
「貴方が通ってきた道を案内した者です。男性の見た目をした人形の事ですよ。その道はあれの許可が無ければ通れませんので、あの道を通ってきたというのであれば、そういう事になります」
(人形、ね。だから過去視には映らなかったのか?)
女性の説明を聞いたヒヅキは、過去視に男が映らなかった事について一応納得する。しかしそれはそれとして、あの道を通るのに許可が必要など、面倒な話であった。
ヒヅキは隠し通路を通ってきたと明言した訳ではないが、女性は確信しているのだろう。でなければ、そんな話をしはしまい。
そんな話を聞かされた時点で、ヒヅキも誤魔化せるとは思っていない。かといって、わざわざ話すつもりもないのだが。
(さて、どうしたものか……)
女性の説明を受けたヒヅキは、それに対してどう返すべきかと頭を回転させる。
考えるも、反応を返せばどう返そうとも話の内容を肯定する事になりかねないので、このまま黙っているのが最善であるように思われた。しかし、それはそれで肯定にもなるので、何ともやりずらい。幸いなことに、ヒヅキは先程から沈黙が多かったので、口を閉じていても不自然というほどではない。
「であれば、やはり間違いではないのでしょう」
「?」
ヒヅキがどうしようかと悩んでいると、女性がぽつりとそんな事を漏らす。どうやら今度は本当に独り言の様で、ヒヅキには何かを言ったのは解っても、発言の内容までは聞き取れなかった。
その間も女性は変わらぬ笑みをヒヅキに向けているので、何を考えているのか表情からは窺い知れない。
それもいつもの事なので、ヒヅキは大して気にせず、どうしようかと引き続き考える。ここから離れるにしても、女性の存在は無視出来ないだろう。であれば、可能な限り自然に離れたいところ。
「これから何処へ向かわれる予定で?」
悩んでいるヒヅキへと、女性が軽い調子で問い掛ける。
「……さぁ。先程申しましたが、私はここに連れてこられただけなので、そもそもここが何処かも把握しておりません。なので、何処に行くというのもありませんね」
「そうでしたか。ここは魔族領の最南端付近に在る森ですよ。外には何も無く、人の営みがある場所へは少し歩きますね」
「……魔族領?」
ヒヅキの答えに、女性はひとつ頷いて現在地や周辺の事を簡単に説明してくれる。それを聞いて、ヒヅキは難しい顔を浮かべた。
「ええ、そうですよ。実際に確認してきたので間違いありませんよ」
「そうですか」
女性の言葉に頷いたヒヅキは、思ったよりも遠くに来ていた事に内心で驚く。
魔族領が在るのは、人間の領地からは幾つも国を越えなければ到達出来ないほどに遠い地。それだけに人間との国交は無く、民間でも交流は無い。人間界で魔族を見る事はまず無かった。
ヒヅキもそんな種族が居る程度の知識しかない。魔法が得意らしいが、関わる事はないと思い情報の収集はしていなかった。そんな人間とは縁遠い種族が住む遠い地。
(確かに結構歩いたが、それにしても遠すぎるような?)
ドワーフの国から魔族の国までの正確な距離をヒヅキは知らないが、それでも約10日程の道程で辿り着けるとは思わなかった。それも道は直線ばかりではなかったのだ、真っすぐ進むよりは余計に日数が掛かるだろう。
それをヒヅキは不思議に思うのだが、しかしその程度、最早今更な気もしていた。




