残響106
「いえ、そうでは御座いません。神の抜け殻とは、簡単に申し上げますれば、棄てた悪意と申しましょうか」
「棄てた悪意?」
男から返ってきた言葉は、何とも物騒な言葉であった。もしも言葉の意味そのままであれば、面倒な相手どころの話ではないだろう。
しかしそれを聞いたヒヅキはといえば、納得しているようであった。おそらく今まで散々神のろくでもない部分を見てきたからだろう。だが、神の悪意などと壮大な話の割には、見聞きした事案はまだ温かった気もしないでもないが。
「はい。この世の生物は、神自身を基礎として創られました。なので、当然人々が持つ感情も神に由来するものが多いのです。ただ、神の場合は人ほど強い感情は有しておりませんが」
「そこから悪意を取り出して捨てたと?」
「そうで御座います。正確には悪意と申しますよりも、負の感情と申した方が正しいかもしれませんが」
「負の感情……。それで、貴方を創ったという創造主とは、その元となった神であると?」
「はい」
「………………何故その神の力が私に? 神は創造に疲れて休んだのでは?」
何だかんだと言われても、そもそもの話、そこが疑問であった。
光の剣を平然と受け止めている男の創造主らしい神の力を何故ヒヅキが有しているのか。今までの話を聞くに、まるで既にその神は死んでいるような口ぶりであったが。
「確かに休まれました。しかし、三柱の神の仲が悪くなった際に不完全な力を無理に振るわれ世界を護り、結局はその時の無理がたたり、姿を御隠しになられました」
悲しそうに語る男を眺め、ヒヅキはさてどうしようかと考える。仮に今までの話が嘘ではないとしても、だからといって、光の剣を平然と受け止めているこの眼前の男が敵ではないとは言いきれない。
「……貴方はずっとここに居たのですか?」
「はい。ここの管理が私の与えられた役目ですので」
「それにしては色々と詳しいですね?」
「神ほどの強大な存在の事です。それぐらいはここからでも分かりますよ。ですが、人々の営みについてはさっぱり分かりません」
「そうですか」
ヒヅキは少し考え、とりあえず敵ではないと思い、大きく跳び退き距離を取る。敵ではないと判断はしたが、だからといって味方だとは思わないので、光の剣は構えたままだ。
両者の距離は5、6メートルはあるだろうが、ヒヅキがその気になれば一瞬で縮められる距離。それはおそらく相手も同じであろう。なので油断は出来ない。
しかし距離を取った事で少し余裕が生まれたのか、ヒヅキはここでやっと相手を観察する余裕が出来た。
相手の男は、白髪交じりの金髪ながらも、見た目は30台半ばといったところ。ただ雰囲気はいやに落ち着いていて、そこだけで判断すれば70は超えていそうな老練さが感じられた。
とはいえ男の話を信じれば、100や200では到底足りなさそうな悠久の時を過ごしていそうではあるが。
着ている服は灰色の落ち着いた色合いで、身体の線に沿ったしっかりとしたモノ。それはまるで正装のような装いで、汚れやほつれなどは一切見られない。ずっと着ている訳ではないのだろうか。それ以前に、光の剣を受けた腕の袖に何の痕跡も見られないので、普通の服ではないのだろう。
武器は所持していない。白の手袋をしてはいるが、それだけで素手だ。いや、服の事を思えば、あの手袋とて普通の手袋ではないのだろうが。
立ち姿は隙が無く、無駄に力が入っている様子もない。自然体というか、ヒヅキなど相手にならないと言われている様だ。もっとも、敵対する気がないというような事を言っていたので、戦闘体勢である方が不自然だろう。まぁ、実際にヒヅキなど敵ではないのだろうが。光の剣が通用しない相手なのだから、そうであってもヒヅキに驚きはない。
そうして素早く観察を終えると、ヒヅキは警戒しながらも、先程話に出た創造主の力とやらを男に問うことにした。
 




