残響104
用心深く周囲を探ったヒヅキは、何も無い事を確認して数歩進む。まだ部屋全体の確認までは完全に済んではいないが、それでも入り口付近には何も無いのは確認済み。部屋自体にも罠らしいものは確認出来ない。
「……………………」
数歩進んだところで歩みを止めて、ぐるりと部屋を見渡す。天井や壁だけではなく床も淡く光っているので、部屋全体の様子はよく見える。
そこは一辺数10メートルほどありそうな広い部屋。床には大きな赤い絨毯が何枚も並べて広げられており、まるで1枚の大きな絨毯であるかのように継ぎ目がほとんど確認出来ない。
しかし、他には淡い明かりが灯っているだけで、幾ら見渡してみても何も無いだだっ広いだけの部屋であった。
それは入り口から扉越しに確認した時と変わらない。だが、よく見れば壁・床・天井は、外のドワーフ達が造り上げた地下街のように荒くはない。
この部屋も外と同じように岩盤を削って造ったのだろうが、外の地下街と異なりこの部屋は、掘ったあとにやすりでも掛けたかのように平らで、しっかりと内装を整えさえすれば、見ただけでは地下とは思えないほど。
地下街もドワーフ達の努力の跡はあるのだが、ここを造った者とは著しく技術力に差があるようだ。
「お気に召して頂けましたか?」
そんな部屋の様子を感心しながら見ていたヒヅキに、真横から男の柔らかな声がかかる。
それにヒヅキは、距離を取りながら反射的に光の剣を振るう。
現在地は、ヒヅキにとっては敵地。そんな場所である以上、当然常に周辺の警戒をしていた。にも関わらず、その警戒を抜けて1歩ほどしか離れていない真横から声が掛かったのだ。驚愕と共にその相手へと攻撃しても何らおかしなところはないだろう。
問題があるとすれば、あろうことかその光の剣を相手がやすやすと受け止めた事ぐらいか。それも特に武装もしていない腕で。
「これは配慮が足りませんで」
ヒヅキに声を掛けた男は、光の剣を受け止めながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「貴方は?」
光の剣をそのままに、ヒヅキは近くに光球を現出させた。ここでそれを起動させたらヒヅキもただでは済まないだろう。しかし、相手は得体のしれない存在。それも光の剣を片腕で軽々と受け止めるような相手だ。これぐらいしてもまだ足りないぐらい。
最大限に警戒したヒヅキの冷たい声音での問いに、男は上げた顔に申し訳なさの滲む柔和な笑みを浮かべて答える。
「私はここの管理をしている者です。名はありません。付けていただく前に、この場所はこうして封じられてしまいましたから」
「封じられた? 誰に?」
「創造主に」
「何故?」
「現在の神に見つからないように」
「………………どういう意味です?」
ヒヅキは目を細めて男を見る。現在の様子は、どう見てもヒヅキが不利だろう。というよりも、光の剣が効果がない時点でヒヅキに勝ち目はかなり薄い。少なくとも目の前の男は、フォルトゥナ以上の強者であろう事が窺えた。
ただそんな相手ではあるが、現在は未だに敵意のようなものは一切ない。だからといって安全であるとは限らないが、一先ず安心といったところか。それでもヒヅキは光の剣を引くつもりはないが。
「簡単な話です。現在の神にとって私は邪魔な存在なのです。ですから、もしも見つかれば排除されてしまうでしょう」
「……貴方は一体何者?」
「先程話した通り。といっても、それでは貴方は満足しないでしょうが」
「………………」
「そうですね、私は案内人です。創造主の力を持つ方を導く案内人」
男の真面目な声音に、ヒヅキは眉根を寄せる。だってそうだろう。今の話が本当であれば、まるでヒヅキがその創造主とやらの力を持つ者の様ではないか。そんな面倒な事、御免被りたいというものである。




