ガーデン7
「ここが私の屋敷です!」
ヒヅキが強引に連れてこられたのは、一件の豪邸の前であった。
「え?ここ?」
そのあまりの大きさに、ヒヅキが呆気にとられながら屋敷を見上げると、辛うじて天辺付近に立っている何かを象った飾りが確認出来た。
現在ヒヅキたちが居るのはガーデンの居住区の一角にある、お金持ち向けの家々が建ち並んでいる場所であった。
所謂高級住宅街という場所の中にあって、少女に連れてこられた屋敷は一際立派な佇まいであった。
「さぁ、中に入ってくださいませ。お父様にもご紹介したいですし……」
そこで少女は自分がまだ名乗っていないことを思い出したらしく、「あら」という言葉とともに口元に手をあてると、ヒヅキに向けた目を丸くする。
「これは失礼なことを致しました。申し遅れましたが、私はアイリスと申します。以後お見知りおきのほどを」
そう言うと、アイリスは着ているワンピースのスカートの裾を摘まむと、優雅に一礼してみせる。
「ご丁寧にありがとうございます。私はヒヅキと申します」
見よう見まねではあるが、返礼としてヒヅキもアイリスに優雅に一礼を返した。
「それでは中に入りましょうか!」
ヒヅキの名乗りが終わると、アイリスは挨拶のために離していたヒヅキの手を再び掴んでから、そのまま屋敷の中に入っていく。
「おかえりなさいませ、アイリスお嬢様」
屋敷の中に入ると、紺色を基調に端々に白色を用いたメイド服を着た、年配の女性が出迎えてくれる。
その後ろには同じメイド服を着た若い女性が三人一列になって頭を深く下げると、頭を戻して年配の女性とアイリスの会話が終わるのを静かに待っていた。
そして二人の会話も一段落すると、アイリスはヒヅキの方に顔を向ける。
「シンビさん、この方はヒヅキさんというお方で、私の恩人の方です!」
そうアイリスにヒヅキを紹介されたシンビは、居住まいを正してヒヅキに正対すると、深く頭を下げた。
「アイリスお嬢様がとてもお世話になりましたようで、私シンビからも深く深く御礼申し上げます」
「い、いえ。私は別にたいしたことは……」
シンビの礼に恐縮しながら、ヒヅキはそう返す。
実際、ヒヅキはそんなにたいしたことをしたという自覚はまるでなかった。なにせ、たまたま魔鉱石のペンダントを拾い、偶然アイリスたちを目撃したのでそれを返したに過ぎないのだから、それだけで恩人などという大層な呼び名で呼ばれて礼を言われるなど、ヒヅキにとっては居心地が悪いだけでしかなかった。
「ヒヅキさんは謙虚な方ですね~」
そんなヒヅキに何を思ったのか、アイリスはどこか驚いているような感心しているような顔を向ける。
それだけアイリスにとって、あの魔鉱石のペンダントが大事な物だということなのだろう。
(確かお母さんの形見、だったっけ?)
ヒヅキはアイリスにペンダントを返す前にアイリスが言っていた言葉を思い出す。
(母さんの形見、か……)
ヒヅキは一瞬、昔のことを思い出す。ヒヅキにも母親の形見のネックレスというものがあったのだが、それはとある少女に再会の約束として預けていた。
(ああ、もうあれから10年近くが経つのか)
アイリスのおかげでそのネックレスと約束を思い出したヒヅキは、近い内に少女に会いに行かないといけないなと、心に留め置くのだった。