残響14
相手は賊である。確定でなくともその可能性が高いとなれば、護衛対象に近づけてはならない。
しかしながら僅かな可能性として本当に旅人かもしれないので、1度警告し、それでも引かぬとあれば自衛の為にも先に攻撃しなければならないと男性や周囲の冒険者は決断する。一瞬の躊躇が命運を別つのは今更である。
そんな雰囲気を瞬時に察したヒヅキは、ああこうなったか程度の軽い失望を覚えた。といっても、最初から大して期待もしていなければ、そう判断するのも理解出来るので、一瞬思っただけだが。
(もう生き残りはろくに居ないのだ、そう考えもするだろう。むしろ、ここで甘い判断をするようならば、早晩何処かで野垂れ死んでいるだろうが)
まだ殺意というほどではないが、それでも敵意を向けられているのだが、やはりヒヅキは気にしない。というか、普段からウィンディーネから殺意に近い害意を感じている身としては、周囲に居る冒険者から感じる敵意程度、そよ風よりも優しいものだ。
ただこのままでは現状について訊くことさえ出来ないかもしれないなという懸念はあった。
「我らは急ぎの旅だ。邪魔する気がないのであれば、直ぐさま何処かへ行ってはくれないか?」
どうしようかとヒヅキが考えていると、男性がそう声を掛ける。その声音は穏やかなモノであったが、雰囲気は威圧するモノで、これが警告である事を言外に伝えてきた。
「ああ、そうでしたか。ええ、それは勿論。ですが、その前にひとつお尋ねしてもいいですか?」
「なんだ?」
「現在この国はどのような状況なのでしょうか? 最近こちらへ足を伸ばしたばかりなのですが、何処を訪ねても誰とも会えなかったもので、どうなっているのか気になっていたのですよ」
男性の警告を受け入れながら、ヒヅキは面倒なので駆け引きはせずに直接問い掛ける。これを聞ければ立ち去ると伝えているので、無下にはしないだろうという打算もあったが。
「なるほど。分かった、それに答えたら直ぐに立ち去れ」
「分かりました」
「うむ。では教えるが、つい先日の話だ。この国の首都は、スキアの猛攻の前に陥落した」
「それは国が亡びたという事でしょうか?」
「そうだな。キャトルの兵は強者ばかりであったが、それでもスキアの増援が何処からともなくやってきて、支えきれずに落ちてしまった」
「そうでしたか」
「ああ。ほら、答えたのだ、さっさと去るがいい!」
「ありがとうございました」
軽く礼をすると、ヒヅキは男性の前を去っていく。
その背に視線を感じたが、何事もなく離れることは出来た。男性達も好んで騒動を起こしたい訳ではないので、大人しく去るというのであれば何もしないのだろう。ヒヅキに言わせれば、それも甘い判断なのだが。
(やはりキャトルは亡んでいたか。それにしても増援ね。つい最近の出来事という事は、もしかしたらホーンが亡んだ影響かもしれないな)
男性達から離れながら、ヒヅキはそんなことを考える。
ホーンが亡んだ後、大部分のスキアはヒヅキ達に襲い掛かったが、中には何処かへと移動したスキアも居た。であれば、その中にキャトルへ援軍として向かった一団が居てもおかしくはないだろう。
(しかし……話した感じ、あの男性の気質は冒険者というよりも兵士だな。粗暴な感じではあったが、それでも無法者とは違う。かといって宮仕えというには優雅さに欠けていたし、おそらく変わり者の冒険者といったところか)
冒険者は政治を嫌う。それは大半の冒険者に当てはまるのだが、大半であって全員ではない。
何にでも例外というモノは在るようで、なかには変わり者の冒険者も居るのだ。そんな冒険者は、積極的とは言わないまでも政治に関りを持つ事があった。
(あれは騎士ごっこが好きなのだろうな)
あの場に居た冒険者全員ではないだろうが、少なくともヒヅキと話した男性はそれだろう。
(であれば、積極的に貴人を警固する冒険者というのも納得だな)
ヒヅキは呆れたように小さく息を吐くと、感知魔法で捉えている一行が動き出したのを感知して、その進行方向に目を向けた。
(さて、騎士様は見事に主を護りきることが出来るのだろうか? 魔法装備はしていなかったが、もしかしたら魔法が使えるかもしれないからな)
一行の進行方向の先に居るスキアの動向を探りながら、ヒヅキはやや期待するように内心でそう呟いたのだった。




