残響5
「そうですね。では、何度も道を変えて申し訳ありませんが、シロッカスさんのところへまずは向かいましょうか」
エインの様子など気にする事もなく、ヒヅキはそう告げると進路を変える。
「エインさん達はシロッカスさんのところでお世話になり、これからについて考えてください。私達は宿で1泊して明日にはガーデンを発ちますので」
「……また急だな。私達は連れて行ってはくれないのか?」
「ええ。もう約束は果たしました。……それに、もう旅をするという感じでもありませんから。ソヴァルシオンが危ういらしいですし、もうここが最後の都市ですし」
「このまま置いていかれたら、それこそスキアの餌になるだけだろうがな」
「そうですね。しかし、ここにスキアが来るにもまだ時間が掛かると思いますよ。その間に防備を固めれば何とかなるかもしれません。ガーデンにも冒険者は居ますから」
「………………それは本気で言っているのか?」
「ええ。実際、それ以外に抗う手段もないでしょう。ここを棄てるにも、ここ以上に堅牢な場所も周囲には無いでしょうから」
「そうだな。しかし、想定出来る戦力では、ここは広すぎて直ぐに落ちるだろうさ」
「それをどうにかする為の時間ですよ」
「フッ。どう足掻いたところで、君や彼女を抜いた戦力ではスキアには勝てんよ。それは君も理解しているのだろう? そもそも魔法装備自体が少ないしな」
「そうですね。しかし、それは何処も同じでしょう」
「やはり君は冷たいな」
自嘲するように呟くエイン。しかし、ヒヅキには僅かも響かない。
「そうですね」
ヒヅキは前を向いたまま、生返事のようにそう返す。
ガーデンがスキアに攻められた場合、エインの言う通りにそんなに長くは保たないだろう。それでも神がまだガーデンを攻める気がない以上、猶予はある。それに。
(スキア相手ならまだマシだろうに)
ヒヅキはこれから対峙する事になるだろう相手を思い、内心でそっと付け加える。不本意ながらも、それはおそらく避けられないのだろう。というよりも。
(逃がす気はないのだろう。思惑通りに進むのは気に食わないが、女性どころかウィンディーネからさえ逃げきれないだろうし、勝つなんて不可能だ。それこそフォルトゥナと力を合わせても、勝てるかどうか怪しいところ)
エインがまだ何か言っていたようだが、ヒヅキは適当な返事をするだけで聞いていなかった。それよりも今後の試練にどう挑むかの方が重要であるのだから、それもしょうがないのかもしれないが。
今後のヒヅキの敵、というよりも、最初からヒヅキの敵であった相手か。何処まで関与していたかは不明ではあるが、ヒヅキの歩む道を変えた存在。
(ああ、そうか)
ふと、ヒヅキは納得する。これから先、神と対峙するのは不可避の未来ではあるが、しかし視点を変えれば、それは自身にとって望むべく展開ではないかと。
(そうだ。神が父さんや母さんを殺したとは言わない。村を亡ぼしたとは言わない。しかし、しかしだ、この力の一端を神が担っているというのであれば、神は俺を生かしやがった存在という事になる)
今更だとヒヅキの中の冷静な部分が呟くが、しかしそれに思い至ると、自分でも驚くほどに怒りが湧いてくるのを感じた。
久しく感じていなかった激情ながらも、まだ冷静な部分が働いたようで、それを何とか抑える。
それでも抑えるのには苦労したヒヅキだったが、何とか表に出るまでには至らずに済んだ。そう思ったヒヅキだったが。
『如何なされましたか!? ヒヅキ様!!?』
直ぐにフォルトゥナからの焦ったような遠話が届く。
それに驚いて周囲を見回して確認するも、周囲は至って平常通りで、エイン達もヒヅキの変化に気づいた様子はない。むしろ急に周囲を見回したヒヅキを訝しげに見詰めたぐらい。
フォルトゥナも表面上はいつも通りだが、それでも焦ったような声音で声を掛けてきたので、フォルトゥナは気づいているのだろう。
その事から、どうやらフォルトゥナだけは自身の変化に気づいたらしいと結論付けたヒヅキは、自分の未熟さに髪を掻きながらフォルトゥナに何でもないと返事を送った。




