人探し107
次の実験は、魔力であれば穴に触れられるという事を踏まえて、手に魔力を纏わせる。
身体強化に近い技術だが、手に魔力を行き渡らせた後に、それを放出して纏わりつくようにしながら維持させるというのは、かなりの集中力を要した。
そうして手に魔力を纏わせた後、ヒヅキは爪を引っ掛けるような気分で穴に指を当てる。
(穴が小さすぎて引っ掛けるのも一苦労だな。指が入ればいいのだが、指を押し込んでみてもビクともしない。だが、爪で引っ掻くようにしてみると僅かにだが拡がりそうな感じがしたから、内側から押す力には強くとも、外側から引く力には弱いのかも?)
手応えを基に考察をしながら、ヒヅキは試行錯誤を繰り返す。実体のない魔力と違い、自分の意思で容易に動かせる手の方がやりやすい。義手も既に元々の手と同じぐらいに馴染んでいた。
それでも針の穴ほどに小さな穴では、拡張させるだけで一苦労。いっそ空間が薄い紙のように弱かったら楽だったのだがとヒヅキは考えるも、無意味な願いだ。
(というよりも、次元を隔てる空間に厚さなんてあるのだろうか?)
あまりにも無駄な思考に、ふとそんな考えが浮かぶ。しかし、直ぐに頭を振ってその考えを追い出す。
(駄目だ、集中力が切れてきている。疲れてきているという事か。今日はここまでにして、後は休むとしよう)
変な思考が混ざりはじめたところで、ヒヅキは空間から手を離すと、腕に纏わせていた魔力を霧散させて、空間に開いた穴から離れて元の位置に戻る。そうして一息ついたところで、ヒヅキは隣からの視線に気がつき、そちらに顔を向けた。
『どうかした?』
まるで観察するような目でじっと見詰めるフォルトゥナに、ヒヅキはやや怪訝な表情で問い掛ける。
『いえ。もしかしたら、あの辺りに異次元への穴とやらが開いているのですか?』
フォルトゥナはヒヅキに目を向けたまま、先程までヒヅキが作業していた辺りを指差す。
『そうだよ』
その問いに頷きながら、そういえばフォルトゥナは魔力の流れが視えるのだったかと、ヒヅキは一人納得する。
『そうでしたか』
ヒヅキの肯定に、フォルトゥナは指差した方向に顔を向けながら難しい顔で頷き、思案するように顎に手を添えて黙ってしまう。
それにまあいいかと考えたヒヅキは、力を抜いてぼんやりと虚空を眺める。頭を使い過ぎたので、少し何も考えない時間を過ごしたかった。
そうして暫く静かな時が流れると、何かを考えていたフォルトゥナが小さく息を吐いた音が響く。
音につられて何とはなしにそちらに顔を向けたヒヅキは、何かを諦めたような表情を浮かべたフォルトゥナを視界に捉える。
しかし、その真意は分からないので、ヒヅキは視線を虚空に戻す。今はあまり頭を使いたくなかった。
それから更に時が経ち、女性が帰ってきたのを気配で察したヒヅキは、天幕の中から顔を出して外の様子を窺う。そうすると、近くに在る森の中から出てくる女性の姿。
森から道に出てきた女性は、ヒヅキの視線に気がつくと優しげに微笑む。それに妙な居心地の悪さを覚えたヒヅキは、顔を引っ込めて天幕の中に顔を戻す。
程なくして天幕近くまでやってきた女性だが、天幕の中までは入ってこない。天幕近くで待機しているようだ。
女性が帰ってきたという事は、そろそろエイン達が起きる頃合いだという事なので、ヒヅキはフォルトゥナに声を掛けて朝食の準備をしていく。それから少しして、エイン達が目を覚ました。
◆
温かくなっていく季節。連日の寒さが嘘のように暖かい日が続くが、それでも時折急に寒くなるという事も珍しくはない。それでもその日は一段と冷え込んだようで、ガーデンには珍しく雪がちらついていた。
雪の感じから積もる事はないだろうが、それでも足下には注意が必要だろう。
「はぁ。今日はやけに冷えるな」
息を白くさせながら、赤髪の女性が家から出て仕事場である図書館へと向かう。まだ太陽が昇ってそこまで経っていないが、ガーデンの街は既に起きていた。
女性は寒い寒いと小さく呟きながら歩き、空に目を向ける。そこには季節外れの厚く重たい雲が垂れこめていた。
それに妙な胸騒ぎを覚えた女性は、少し移動速度上げて図書館へと急ぐのだった。
 




