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北部戦線4

 目先の良し悪しやピントの合っている場所の遠近の差はあるが、大抵の人はどうにか自分が得するように、どうすれば自分が有利になるかを考え、尚且つそうなるように行動しているものだろう。

 しかし、それは往々にして思い通りにいかないことの方が多い。壮大であれば壮大であるほどその傾向は強いだろう。“ままならぬ”というやつだ。

 エインは今、それを嫌というほどに痛感していた。

 限られた時間のなかでどれだけ準備をしようとも、連日頭が痛くなるほどに考えて考えて考え抜いて作戦を練ろうとも、結局はやってみなければ結果は分からないのだ、まっこと天とは気まぐれである。

 エインは冒険者に抱えられたまま、あまりの悔しさに血が出るほどに唇を噛みながら、遠ざかる砦を見つめる。

 撤退も砦の陥落も覚悟はしていたし、分かってはいたが、あんな間抜けな終わり方を許す自分が心底嫌になっていた。

 あの大事な局面であんな重要なことを失念するなど―――。




 時は少し遡る。

 エインたちカーディニア王国兵と冒険者の混成軍が砦に籠りスキアと戦っていると、戦っているスキアの後方から新たなスキアが群れを成して現れた。

 それにより一気にエインたちは圧され、砦の城門や城壁が壊されるのは時間の問題のように思われたが、それでも諦めない兵や冒険者のおかげで、それからもかなりの時間戦闘は続いていた。

 そんな時である、砦の南側から急報が届いたのは。

「何!?」

 その報に、エインは思わず眉をしかめる。

「何故南方からスキアの襲撃あるのだ!」

 声こそ荒らげてはいないが、エインの苛立ち混じりのその問い掛けに、報を届けた兵の背中に冷や汗が伝う。

「それは私には分かりかねます」

 兵の返答を聞きながら、エインはゴリオンの撤退を報告した急使の言葉を思い出していた。

「ちっ、あの『王国内に散ったスキア』というやつか……よりにもよってこっちに奇襲を仕掛けるかたちで動いてくるとは……やつらの知性を舐めていたということか!」

 エインは城壁の上から眼下の戦闘に目を向ける。

「援軍を送る余裕は……」

 全員が全力の抵抗をしているおかげで何とかスキアと拮抗している戦況と、兵や冒険者のその様子に、援軍を送る余裕のないことに頭を痛める。

「弓兵を一部隊送る。まだ城壁で防げてるならとりあえずはそれでいいだろう。冒険者の援軍も遅れて送るから、それまでそれで何としても耐えろ!」

 エインは自身が指揮している部隊の一部を南側の援軍として送ると、その場の指揮を副官に任せて、南側に援軍として送る冒険者の選定に移った。

 程無くして数名の冒険者を選ぶと、それを南側の援軍に送った。しかし、援軍に送った冒険者の誰もがスキアとの戦闘で疲弊していた。

「あれでもまだ元気な方、か」

 援軍に送る冒険者の選定をともに行った、今回の任務で集まった冒険者のまとめ役をしている冒険者の言を思い出して、エインは改めてギリギリの現状を思い知った。

「そろそろソヴァルシオンの冒険者たちの援軍が来てもいい頃合いなのだがな」

 エインは多少恨み節の籠った愚痴を溢す。

 今回のスキアとの戦闘での冒険者の依頼という名の召集は急なこともあり、まずはお膝元である王都内の冒険者たちに急ぎ依頼した。

 それと同時に、王国内で唯一王都以上に冒険者たちが集う街であるソヴァルシオンにも依頼を出したのだが、こちらは距離の関係で依頼が届いたのが遅れた。

 結果として王都の冒険者たちを第一陣として兵とともに急ぎ前線に送り、ソヴァルシオンの冒険者たちは集まり次第早々に援軍として向かわせるという手筈になっていた。

 その依頼を出したのがエインが王都を発つ前、少し余裕をみて計算してみても、時間的にはもう来てもいい頃合いだったが、実際は未だに援軍が来る様子はなかった。

 冒険者は政治に関わることを嫌う傾向があることから、もしかしたら中々集まらないという可能性もあるが、他にエインの父親である国王がエインを見捨てたとまでは思わないにしろ、王妃である第一夫人、もしくは第一・第二王子辺りの派閥が噛んでいることを考えれば、その辺りが援軍を妨害ないし遅延させている可能性もおおいにあった。

「王位など興味ないと言ってはいるが………、まぁ誰も信じはしないよな」

 エインは誰の耳にも届かない小さな声で呟くと、こんな時まで邪魔しようとしてくる可能性がある馬鹿どもの顔が頭に浮かび、周囲に気づかれないようにそっとため息をついた。

 この国もとうとう終わりかもしれないと考えるも、まだ救いがない訳ではなかった。少なくとも王妃と第一王子自体はそこまで愚かではなかったはずである。

(とりあえず、この砦が陥落した後のことは何としてもあの馬鹿どもに責任を取らせよう……やはり生きて帰れれば、の話だがな)

 エインは水際で何とか抑えている兵や冒険者と一緒に戦うも、後方から大きな破壊音が耳に届き、その音の意味を瞬時に察したエインは、終わりを悟る。遅れて南側の城壁が壊されたことの伝令が届いた。

「撤退だ!撤退しろ!後ろからもスキアが来るぞ!もうこの砦は保たん!」

 エインの命令に即座に決死隊という名の殿(しんがり)が形成され、混乱無く皆が行動に移る。撤退が元から想定済みであったが故の統率された見事な行動であった。しかし予定外の事がひとつ起きる。

「おい!何をする、離せ!」

 エインを抱え真っ先に砦より脱出する女冒険者の他に、兵と冒険者混成の数名の供回り。

 エインは最初から最後まで残る予定であった。それが散った者や散りゆく者への誠意だと思っての行動だった。無論、それだけが理由ではないが、それが大きな理由でもあった。

 しかしそれを戦友たちは許さなかった。故に、エインを抱えての強制撤退を敢行したのであった。

「私も残る予定だっただろう!あの者たちを見捨てる訳にはいかない!今すぐ降ろせ!これは命令だ!」

 煙が立ち上る砦を眺めながら、抱えられたエインは、自分を抱えている冒険者と、ともに付いてきている者たちにそう命令するが。

「駄目です。それは許容出来ません。たとえ後ほど罰せられ我らが命を落とすことになろうとも、それだけは決して」

 エインとともに逃げている者たちからは、そう無慈悲な回答が返ってくるだけであった。

「何故だ!」

「貴女をあんな場所で終わらせる訳にはいかないからです」

「だから何故!」

「分かりませんか?これはあの砦で戦った兵と冒険者の総意ですよ」

 形容し難いために漠然とではあるが、エインは理解はしていた。思惑もあるだろうが、これが慕われるというものなのだろうと。だが、理解していることと、それを受容出来るかどうかはまた別の話であった。

 エインはどうにか降りれないかと暴れてみるも、冒険者の強さというのは凄まじいもので、移動の邪魔にすらなっていなかった。無論、幾度か説得や命令も試みたが、彼女らには聞く耳というものが無いようで、全く通用しなかった。

 そんなこんなでなすすべなく抱えられたままのエインは、諦めて小さくなる砦を見つめ続けることしか出来なかった。

 もう砦からの音も耳に届くことはなかった。

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