北部戦線3
スキアとの戦闘がはじまってからどれだけの時間が経過しただろうか、エインは体感時間的には数日間は戦い続けているように感じていたが、実際に経過した時間はその1割にも満たないだろう。
エインは城壁の上で自ら1部隊の指揮を執りながら全体に目を配る。皆が皆必死な顔で戦い続けているおかげで、今はまだこちら側が優勢ではあった。
しかしもう罠もほとんど無く、地形をものともしないスキアには堀なども効果は薄いため、城壁まで届くスキアも現れてきた。
剣も弓矢も通常のモノでは、スキアにはかすり傷ひとつ負わせられないため、スキアと戦うには何かしらの魔法が付与された武器で戦う必要があった。
現在エインが指揮している部隊は城壁の上からスキア目掛けて矢の雨を降らせる弓矢部隊だが、その矢には矢によって様々な属性の魔法が付与されたものを鏃部分に使用していた。無論、その特殊な矢はそう簡単には数が作れない貴重なものであった。
他にも剣や槍も刃の部分に何かしらの魔法が付与されており、こちらもまた貴重品であった。
これらの武器の半数以上は、昔から魔法道具や魔法武器というモノに興味があったエインが長年かけて集めた私物であった。そうでなければ、いくら資財を費やしたとしても、スキアの大群が確認されてからの短期間ではここまでは集まらなかったし、例え集まったとしても、現在複数の戦線を抱えている王国には、ひとつの戦線だけにこれほどまでの数を融通する余裕はなかっただろう。
そんな貴重な武器や矢が物凄い勢いで消費されていく様はいっそ清々しかったが、半数以上が私物とはいえ、国で用意した武具もあるために、一瞬国庫のことが頭に過ったエインは、素直に感心することが出来ずについ苦笑してしまう。
それだけの貴重な装備を揃えても、やはりスキアと直接戦えるのは冒険者の役目であった。一般の兵士ではいくら貴重な装備で身を固めたとしても、あまりに素早いスキアの動きに身体や目がついていかないのである。
「口惜しいな……」
眼下で繰り広げられる冒険者とスキアの戦闘に、エインは己の無力さが申し訳なくて思わずそう溢してしまう。しかし幸いなことに、その呟きは怒号にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
その代わりに、エインの耳に届く遥か遠くの方からの音があった。それは今までエインが聞いたことのあるものとは違う、音程の狂った狼の遠吠えのようであった。
「なんだ今のは?」
エインは兵に指示を出しながらも自ら弓を引いていたが、その遠吠えが耳に届いて思わず眉をしかめた。
しかしすぐにエインの脳裏に閃くものがあった。それは最近呼んだ書物の内容であった。
「あれが本に書いてあったスキアの声というやつか?」
もしそうだとしたら、今までこの砦に籠り戦っていたスキアには存在しなかったタイプであった。つまりそれが示す意味は……。
「あの遠吠えは、敵の援軍がそろそろ到着するという解釈でいいのかね?」
エインはそうぼやくように声に出すと、小さく息を吐いた。分かっていも、状況がただ悪化するだけで好転させる手がないというのは、さすがのエインでも精神的にくるものがあった。