北部戦線2
エインが作戦を説明し終わり、各員が行動を開始したのが少し前のこと。
その後、将兵たちが迅速に動いたかいもあり、その日の内になんとか形だけでも配置の変更が完了したのだが、その頃合いを見計らったかのようにその報せはエインの元に届いた。
「新たなスキアの存在を確認、ね。もう少し遅く来てほしかったものだ」
エインは目線を落としている周辺の地図の上に、たった今報告のあったスキアの一団を示す黒い石を置くと、疲れたように鼻から息を吐き出した。
「それで?配置は終わったとは聞いたが、すぐに戦えるのか?」
エインの問いかけに、ともに地図を見下ろしていた各部隊の隊長たちは一斉に顔を上げると、「問題ありません」という言葉とともにしっかりと頷いた。
「そうか。スキアは知性はあるがほとんど本能で動いていると言われている。……いや、あれは本能が関わっているとはいえ、本当にスキア自身の判断なのだろうか?」
そこで隊長たちの視線に気づき、エインはひとつ咳をすると、脱線しかけていた思考を元に戻す。
「話が逸れたな、すまない。とにかくだ、スキアは独自に考えて動いているようで動いてないから、いつ攻めてくるかまでは分からない。合流したらすぐかもしれないし、その前に攻めてくるかもしれない。今まで通りといえば今まで通りだが、各員準備は怠るなよ。各設備や罠の点検は済んでいるか?」
エインの問いに、工兵隊と特殊工兵隊の隊長がコクリと頷く。
「よろしい。ならば各員作戦通り行動に移れ」
会議室を出ていく隊長たちを見送ると、エインは机に広げたままの地図へと視線を落とす。
「スキアか、あれはいったいなんなのだろうな……。それにしても」
エインは息をひとつ吐いた。それに気が付くと、この頃これが癖になりつつあるような気がして独り苦笑した。
「ここももう保たんな……あとはどれだけ耐えられるか、だが」
エインはこの砦が墜ちた後の王国の苦難を想い、少しだけ顔を曇らせた。
「それもこれも!」
しかし、連鎖して思い出した元凶の男の姿に、エインは怒りで拳を握る。
元々戦力的にも、戦術・戦略的にもスキアを殲滅できないまでも、追い返すか堅守し続けることは可能なはずだったのだ。
それを欲望のために独断専行に走った挙げ句、それが防衛網の崩壊のきっかけとなるなど愚の骨頂以外の何物でもなかった。
「今更無意味なことだが、あの時もっと強く反対するべきだったのか?」
ゴリオンが先発隊を率いることに名乗りをあげた際、エインは真っ先にそれに反対したのだが、結局父王がゴリオンを任命してしまった。
「どんな子でも我が子はかわいいと言うが……」
王がゴリオンを任命した意図を理解しているだけに、エインはただただそれに呆れるしかなかった。
「公私混同の対価は王国存続の危機か、笑えないな、本当に笑えない」
エインは拳をほどくと、全ての負の感情を吐き出すように一際大きく息を吐いた。
そこにスキアが攻めてきたとの報せが入る。
「もう来たか。続報が無いということは、合流前に来たということか。さて、色々やり残したことはあるが、その前にまずは私が死地より無事に生還出来るかどうかだな」
エインはそうは言ってみたが生還はまず無理だろうと、自分のその寝言を鼻で笑った。
エインは部屋の隅に控えさせていた数名の近衛兵を率いて会議室を後にすると、そのまま最前線へと足を向ける。こういう時の兵の士気の管理は指揮官の大事な務めのひとつであった。