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北部戦線

 カーディニア王国は北側に3つの国と接している。そのどれもが人種の国であった。

 1つ目はカーディニア王国の北東にある“キャトル”という軍事国家で、長年獣人と呼ばれる、容貌は基本的に人のようなれど、獣のような人を超越した優れた身体能力を有する種族と争っている国である。カーディニア王国とは大河が国境線代わりになっている。

 2つ目はそのキャトルの西側にある“ホーン”という国で、この国は知識と技術を高めることに力を入れている国で、あまり他国と交流を持ちたがらない内向的な国であった。カーディニア王国との間には峻厳な山脈が横たわり、往来可能な道の数は限られていた。

 3つ目はカーディニア王国の北東に少しだけ国土が接している“ベール”という国なのだが、この国はホーン以上にどことも交流を持たないために、あまり情報の無い謎めいた国でもあった。ただ、噂話の域を出ない話なのだが、ベールは国家の政策として魔法を研究している魔法国家という噂が流れていた。カーディニア王国と接している僅かな国境は高い岩壁に挟まれた隘路あいろとなっており、カーディニア王国側はそこに堅牢な砦を築いて防備を固めていた。

 今回スキアが姿を見せたのはその内のホーンとベールの2ヵ国側からであった。

 元々カーディニア王国はその両国ともにそこまで交流が無かったこともあり、もしもの侵攻に備えて防備をしっかりと固めていたところだっただけに、そのスキアの南下は国境付近で何とか防げている状況であった。しかし、それもそう長くは保ちそうになかった。

 そんな最前線のホーン側の砦の1つに増援として兵4000と王の依頼に応じた冒険者2000の計6000人を率いてエインが入ったのは、つい5日ほど前の出来事であった。

 エインは王位継承権第3位という予備の予備という存在ではあるが、その能力は内政・外政ともに他の継承権所有者の王子・王女のなかで最も優れている存在であった。

 しかし、彼女が得意とするのは政治ではなく軍事。しかしこれも面倒くさがりな彼女にしてみればどちらかといえばという冠がつく。端から見ている者にしてみれば、どれをとっても彼女こそが最も優秀だと見ているようではあるが……。

 そんなエインは指揮官よりも戦士であることを好んでいた。たまに城をこっそりと抜け出しては既知の冒険者と訓練や狩りをすることが彼女の息抜きになるほどに。

 それでも指揮官としての才能もあるエインが砦の指揮を執るようになり、圧され気味であった王国側は今ではスキアを圧しているところであった。

「さすがはエイン様です!」

 エインのその功績を讃える側近の台詞を、エインは鼻で笑う。

「世辞はよせ。私自ら増援を連れてきたのだ、それも激戦が予想されるからとわざわざ冒険者を多めに連れて。それまでとは士気も兵の数も全く違うのだ、この程度出来ないほうがどうかしている。どちらかといえば、この勢いがあるうちにスキアをどれだけ迅速に殲滅もしくはホーン側へと追い返せるかどうか、という方が私の才が試される場面であろうよ」

 エインは周辺の地図とエインの指示で頻繁にあがってくる戦況報告とを照らし合わせながら、地図の上に置かれた勢力別に石を色分けしただけの駒を動かす。

 そこに慌ただしい足音とともに甲冑の金属同士が擦れる音が近づいてくる。

「面倒事か………」

 エインがため息を吐き終わると、そこに急使が飛び込んでくる。

「エイン様!こちらにいらっしゃいましたか!」

 急使の男は息をあらげながら、現在は指令本部代わりに使っている会議室に飛び込むように入ってくると、エインの正面の離れた場所で膝をついた。

「申し上げます!」

 急使の言葉にエインは神妙な顔で鷹揚に頷く。内心では面倒くさそうに顔を歪めながら。

「ゴリオン様がアルス砦に後退されました!」

 その報告に思わずエインは舌打ちをしそうになるのを何とか気力で堪える。

 ゴリオンはエインの腹違いの兄で、王位継承権第2位の男であり、傲慢で無能な男であった。

 他人を見下しきっているゴリオンは、王位継承順に関係なく、エインが心底疎ましく思う人物のひとりであった。

「それは兄上が敗退したということか?」

「はい!約10日ほど前に先発隊としてゴリオン様は増援を率いてウィンド砦に入られたましたが、4日前にスキアを殲滅せんと大規模な戦闘を仕掛けられました。しかしながら2日ほど戦った結果、誠に残念なことにその戦闘は我々の力及ばず敗北に終わってしまい、ゴリオン様は最後に生き残った兵と冒険者の方々を纏めあげてなんとか後退され、現在はアルス砦にてスキアを迎撃せんと体勢を整えております」

(その時にいっそ死ねばよかったのに。そうすれば勇者の一人に数えてやらんでもなかったというのに)

 急使の説明に、エインは心底そう思い、心中で毒づく。

 あの男の性格からして、籠城に耐えられずに、功を焦って突撃でもしたのだろう。

(もしくは私がこの砦に入ったことを聞いて居ても立っても居られなかったとかな。……スキアを撃退しただけで王になれる訳ではないというのに)

 エインは心のなかでそんな無謀な作戦で散っていった勇者をいたみながらも、その元凶であるゴリオンを一通り罵った。そうして少し落ち着くと、現状の危うさに僅かに顔を歪めた。

「それで、ウィンド砦で抑えていたスキアが今どこに向かっているかの把握はしているのか?」

「はい。そのまま南進してアルス砦に向かった一団以外に、この砦とウォル砦に移動する一団、それと……アルス砦に向かう途中に王国内に散ったスキアも複数体確認されています」

「大まかでもいい、数は分かるか?」

「詳細な数は不明ですが、各砦に向かった一団は少なくとも50近くは居たとの報告があります」

 急使のその一連の報告に、エインは今度こそ思わず舌打ちをしてしまう。

「分かった、他に報告するべきことはあるか?」

「いえ、私の承った伝令は以上にございます」

「そうか、報告ご苦労。部屋を用意しよう、そこでゆっくり休むといい」

「ありがとうございます」

 エインは側近に部屋を用意するよう目配せすると、側近の一人は頭を下げて受諾の意を示してから、急使を連れて部屋を出ていった。

 それを見届けたエインは、急使を連れた側近が部屋を十分に離れるのを待ってから一言小さく呟いた。

「あの無能が」

 非常に小さく短い呟きながらも、その言葉に込められたあまりに重々しい怒りに、その場に居た誰もが自分に向けられた訳ではないのに一斉に息を呑んだ。

「作戦変更だ。もうすぐスキアにも増援が到着するらしい、このままでは我々も後退せねばならなくなるぞ!」

 エインの言葉にその場の全員が頷くも、僅かな疑問を抱いていることをエインは鋭敏に感じとる。

「今圧しているのは士気のおかげだよ。単純な戦闘力ならまだスキアの方が上だ。それをどうにかこうにかして士気を上げて、小手先の策を幾重にも弄して何とか押し返せているというだけだ。スキアに士気というものは存在しないはずだが、それでも少なくとも50体の増援は地力で勝るスキア側が有利になるだけだ……それに、増えたスキアを見てこちらの士気も下がりかねんしな」

 それで状況を正確に把握したらしい者たちに、エインは聞こえないように小さくため息を吐いた。

(今はわざわざこんな説明をする時間も惜しい状況なんだがな……)

 ゴリオンがスキアに敗れたのが約2日前ということは、道を知っているとはいえ、同じ距離を移動したはずの急使がつい今しがた着いたのだ、ならばいくら団体で移動しているとはいえ、あの素早いスキアのこと、もうこの砦に姿を見せていてもおかしくはない頃合いであった。

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