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酒場

 ヒヅキは暫く真っ直ぐ横道を歩いていると、突然進路を変えて更なる横道へと入っていく。それを幾度か繰り返すが、ヒヅキの足取りは明確で、全くという程に迷いがなかった。それはつまり目的地があるということで。

「ここも変わらないな」

 ヒヅキは一軒の建物の前で足を止めると、それを見上げてしみじみとした口調でそう呟いた。

 その建物は薄汚れた見た目をした二階建ての石造りの建造物で、パッと見ただけでも時代を感じさるが、それでもしっかりとした造りの建物のようで、不思議と安心感を覚える。その建物の入り口にはここが酒場だということを知らせるような事が書かれた立て看板が邪魔にならないように壁際に置かれており、それだけはヒヅキの記憶と異なるところだった。

 しばし建物の外観を懐かしみながら眺めたヒヅキは、まだ開店したばかりのその店へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ!」

 ヒヅキがドアを開けると、カランカランというドアベルの乾いた音が響き、それに続いて聞き慣れない元気な女性の声が掛けられる。

 その女性は、若草色の露出の少ない服を着た少女のような見た目の女性だった。

(まぁここで働いているなら少女という年齢ではないんだろうけど)

 酒場という場所と、この酒場の店主の性格を思い浮かべたヒヅキはそう推察する。

 店内は奥にカウンターがあり、入り口とカウンターの間には木製の円形のテーブルが四つ配置されていて、各テーブルには囲むように四脚の椅子が置かれていた。カウンターは椅子と椅子の間隔が気持ち広めに取られていて、六脚の椅子が置かれていた。

 昼過ぎという時間だからか、ヒヅキはお客の居ない店内を迷わずカウンターへと移動すると、一番端の席に腰を落ち着かせる。

「あらぁん?」

 そのタイミングで店の奥から顔を出したがっちりした体格の人物は、ヒヅキの姿を見つけると驚いたような声を上げた。

「久しぶりだね、ミーコさん」

 そのヒヅキの挨拶に、ミーコは一瞬ムッとした表情を見せる。

「もう!ここではミーコじゃなくてケンって呼んでって言ってるでしょぉん!ヒヅキちゃんは相変わらずねぇん!……それにしても本当に久しぶりねぇん!元気にしてたぁん?」

 ミーコ……ケンは少しクネクネとしなをつくるような動きをしながら、少し野太い声でヒヅキに喋りかける。

 ケンは外見こそ厳ついがれっきとした女性で、男っぽく呼ばれたいのは酒場という場所的にその方が何かと便利だかららしい。因みに既婚者で、旦那さんは逆に女性のような外見の美人さんだ。見た目と性別が完全に逆転している夫婦だが、二人の子どもはちゃんと見た目と性別が同じで、しかも美男美女だった。

「ええ、まぁ。最近はこっちに来ても商品ものが売れたらすぐに帰ってたからね」

「あらぁん、じゃあ今回は商売じゃなくてわざわざ遊びに来てくれたのかしらぁん?」

 ケンの問い掛けにヒヅキは首を横に振る。

「いや、ちゃんと商売はしてきたよ。ただ、いつもより早く売り切れたから、たまには観光でもしようかなー、と思ってね」

「ふぅむ、それは冒険者ちゃんたちの影響かも知れないわねぇん」

「ああ、やっぱりそう思うよね」

「他に変わったことなんてないからねぇん」

 ケンは軽く肩をすくめると、「注文はいつも通りでいいのかしらぁん?」とヒヅキに問い掛け、ヒヅキはそれに頷きを返した。

「そういえば、表に看板出したんだね。従業員の人も変わったようだし」

「こんな奥まった店になんてそうそう新規のお客人は来ないからねぇん、あれでも効果はあるのよぉん?気休め程度だけれどもぉん」

「冒険者の影響はここには無いと?」

「相変わらずここのお客人は殆どが顔見知りよぉん。というよりぃん、大通りから逸れに逸れたこんな住宅地の奥まった場所なんかに観光客や冒険者なんかは殆ど来ないわよぉん」

「そんなものか」

「そんなものよぉん。そして、彼女はワタシの可愛い可愛い姪っ子よぉん。前の娘はちょっと前に結婚するとかで辞めちゃったわぁん」

 ケンがヒヅキの前に縁ギリギリまで薄茶色の液体が入った、大きなジョッキをゆっくりと置く。

「…………何か多くない?」

「サービスよぉん」

「そう……まぁ酒じゃないならいっか」

 そう言ってジョッキに口をつけて、一気にジョッキの半分程まで飲み干した。

「相変わらずいい飲みっぷりねぇん。たまにはお酒もいかがぁん?」

「要らないよ、酒は苦手だし」

「でも呑めるじゃなぁいぃん」

「たしなむ程度だけどね」

「たしなむ程度、ねぇん」

 含みのあるケンの物言いに、ヒヅキは眉を寄せる。

「何か可笑しなことでも言った?」

「いいえぇん。ただ、樽一杯呑んでもたしなむ程度の範疇に収まっちゃうような人間のたしなむ程度って言葉は詐欺と変わらないわよねぇん。と、思っただけよぉん」

 ケンの言葉に、そんなものだろうか?と、ヒヅキは不思議そうに少し首をかしげた。

「そういえば、今夜の泊まる宿はもう決まってるのかしらぁん?」

 そんなヒヅキに、ケンはやれやれと言いたげに鼻から息を吐き出すと、急に話題を変える。それにヒヅキは首を横に振った。

「いや、決まってないな」

「じゃどうするつもりなのよぉん?」

 ヒヅキが駅舎に泊まる予定だと説明すると、

「そんなところだと思ったわぁん。それなら家に泊まりなさいなぁん」

「ケンさん家に?そんな悪いよ」

「何今更遠慮してるのよぉん、今までも何度か泊まった事があったでしょぉん」

「それはそうだけど……」

 ヒヅキは困ったように頭を掻くも、言い出したら聞かないケンの性格を思い出してひとつだけため息をつくと、お言葉に甘えてケンの家に一晩泊めてもらうことにしたのだった。

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