名も無き村にて
翌日、相変わらず陽が昇るかどうかという時間に目が覚めたヒヅキだったが、既に誰かが起きているようで、扉の先の部屋を往き来する控え目な足音が耳朶に響く。
目が覚めたヒヅキは、見知らぬ天井に一瞬ここはどこだったかと記憶を辿る。
(あぁそういえば、道を尋ねに来たらもう遅いからと、アーイスさん宅に泊めてもらったんだった)
そのついでにスキアを倒したことも思い出すと、慎重に目だけを動かして一度周囲を確認した。
そして、室内の様子が記憶通りであることを確認したヒヅキは、ゆっくりと起き上がる。
(この足音の感じはマリアさんが料理でもしているのかな?)
ヒヅキは足音の動きや軽さなどからそう予測を立てる。
アーイスの家は木造で、扉を開ければすぐに居間があり、室内には玄関で靴を脱いで室内用の靴に履き替えるようになっていた。
二階建ての家はそこまで広くはないのだが、父母娘の三人暮らしのアーイス一家には十分すぎる広さであるようで、造りは居間を中心としてそこから各部屋へと続くようになっていた。
台所は居間に隣接されており、仕切りとなる壁の無い居間と一体の造りになっていた。
二階は吹き抜けになっていて、居間から二階の様子も確認出来るようになっていた。
ヒヅキが泊まった部屋は一階にあり、一応客間ではあるのだが、この村には客人というものは滅多に訪れないこともあり、掃除はされているが普段は使われてない部屋であるらしかった。ちなみに、ここの村人には知り合いの家に泊まるという習慣はあまりないらしい。夜でも歩いて帰れる距離だからなのだろう。
ヒヅキはベッドから出ると軽くベッドを整えてから、次に身だしなみを簡単にチェックする。そして失礼がない程度に身なりを整えると、ヒヅキは部屋を出た。
ヒヅキが部屋を出ると、案の定そこにはマリアが居た。
「おはようございますヒヅキ様。もしかしてうるさかったでしょうか?」
ヒヅキの姿を確認したマリアは輝かんばかりの笑顔を浮かべると、丁寧に頭を下げて挨拶をしたのだが、頭を上げた時には、その顔は不安そうな表情に変わっていた。
「おはようございますマリアさん。いえ、このぐらいに起きるのが習慣になっていまして、それで目が覚めただけですよ」
ヒヅキは出来るだけ優しい声音を意識しながら、マリアの不安げな問いを否定した。
そのヒヅキの返答に、マリアは見るからにホッとした表情に変わる。
「それでは私は朝食の準備を致しますので失礼致します。………そういえば、ヒヅキ様は何か食べたい物や食べられない物はございますか?」
マリアの問い掛けに、ヒヅキは首を横に振って「特にありません」とだけ返した。
それを聞いたマリアはヒヅキに一礼すると、朝食の準備に戻った。
(やっぱりやりづらいな………)
台所に戻るマリアの背中を眺めながら、ヒヅキは内心でため息を吐く。
(やっぱりあのやり方はまずかったかな………)
マリアがヒヅキをこれほどまでに気にかけ、丁寧に扱ってくるようになったきっかけを思い出して、ヒヅキはまたしても内心でため息を吐いた。
それは昨日の出来事だった。ヒヅキは森で迷ったために、森で一度出会ったマリアに道を尋ねようと何とかしてこの村にたどり着いたのだが、丁度その時にスキアがマリアの住む村を襲っていて、尚且つ肝心のマリアの命の危機だったために、焦ったヒヅキは深く考えることなく即座にマリアを助けてしまったのだ。それ以来こうなってしまっていた。
(やはり神様か何かと思い込んでるんじゃ………)
ヒヅキは助けた時のマリアの反応を思い出して、軽くめまいがしたような気がした。