再会121
風呂に入った後、ヒヅキ達は部屋に戻って椅子に腰掛けていた。
特に何かする訳でもないが、魔力水をちびちびと飲みながら、身体の熱を冷ましていく。
探知にも変わったモノは引っ掛かっていないので、平和なものだ。
「ウィンディーネ」
「何かしら?」
呟くような声音でヒヅキがその名を口にすると、すぐさま真横から返事がやって来る。
「目的の人物について改めて教えて欲しいのですけれど」
姿を現したウィンディーネの相変わらずの近さに、ヒヅキは鬱陶しそうに顔を顰めてウィンディーネから顔を離す。
「それは別に構わないけれど、訊かれたところで答えは変わらないわよ?」
人の悪い笑みを浮かべながら、ウィンディーネはヒヅキへと囁くように答える。
「はぁ。まぁそうでしょうね。せめてどちらへと向かっただけでも知りたいのですが」
「ふふふ。それはまぁ、これから調べていくのでしょう?」
「そうですが……もういいです」
久しぶりの会話であったが、変わらないウィンディーネに、ヒヅキは早々に話を訊くのを諦める。最初から期待はしていなかったし、時間が出来たので気まぐれに訊いてみただけでもあったのだから。
そんなヒヅキの内心を察してか、ウィンディーネは人の悪い笑みをさらに強める。
しかし、そんな笑みを浮かべるだけで、ウィンディーネは何か口にしようとはしない。それは不気味ではあるが、ヒヅキにはただ不快なだけであった。
(まぁ、それを理解しているからそうしているのだろうけれど……)
頭が痛くなる思いを抑え、代わりにヒヅキはわざとらしくため息を吐く。
そんな何の収穫もなかった情報収集を終えたヒヅキは、片付けを済ませてベッドに移動する。
「………………」
ベッドに横になったヒヅキは、いつものように一緒に寝るフォルトゥナへと視線を向けた後に、何故か横で添い寝を始めたウィンディーネへ冷めた目を向けた。
「………………何をしているので?」
「いいじゃないたまには。寝物語に何か話すかもしれないわよ?」
「はぁ」
ウィンディーネの言葉に、ヒヅキはそれはないと視線を切ると、呆れてため息を吐く。
「ふふふ」
そんな変わらないヒヅキの反応に、ウィンディーネは楽しげに微笑む。その微笑みは楽しげでありながら何処か優しげで、普段見せないような表情だった。
しかし、それをヒヅキが見る事はないし、ウィンディーネがそれを浮かべていたのは一瞬の事。
ヒヅキはウィンディーネから視線を切ったまま、諦めて眠りにつく事にする。
「………………」
「………………」
それでも横から感じる視線に、ヒヅキは結局眠ることは出来なかった。
そして翌朝。ヒヅキは目を開けて隣を見る。ウィンディーネは変わらずニタニタとでも形容出来るような嫌らしい笑みを浮かべて見ている。
しかしヒヅキも慣れたもので、顔を天井の方に向けて、いつもの感知魔法に集中していく。
そうして時間が経ったところで、ヒヅキはフォルトゥナを起こす。
二人が朝の挨拶を交わした辺りで、ウィンディーネは小さな笑みを残して姿を消した。
それから朝の支度を済ませて、いつものように二人で魔力水を飲みながら椅子に腰掛けていると、朝食に呼びに侍女がやって来るのを捉える。
二人は残っていた魔力水を飲み干すと、直ぐに出発できるように荷物を纏めて後片付けも済ませてから、呼びに来た侍女と共に食堂に移動する。
食堂でシロッカス達と挨拶を交わした後、ヒヅキは遅れてきたエイン達とも挨拶を済ませて、昨夜と同じ六人で朝食を摂った。
人数が多い分賑やかな朝食が済むと、一度部屋に戻って荷物を取ったヒヅキ達は、玄関まで見送りに来ていたシロッカス達に別れの挨拶を済ませる。
「それで……これは何ですか?」
玄関を出てすぐのところに置いて在った物に目を向けたまま、ヒヅキはエインに問い掛けた。
「天幕だよ。組み立てれば何とか四人が入れるぐらいの大きさになる」
「何故……いえ、持っていくので?」
「勿論だとも。ここまで持ってくるのも大変だったが、旅をするなら必要だろう?」
「2つありますが?」
「ああ。四人は入れるが、1張りでは四人で寝るには狭すぎるからな」
「どうやって運ぶので?」
「まぁ、背負っていくしかないだろうな。肩に掛けるなりしてもいいが、そこそこ重さが在るから長時間はあまりお勧めしないぞ?」
「……なるほど」
目の前にあるそれは布に包まれており、長さが1メートル超で幅や高さが20センチメートル前後の長方形。紐でぐるぐる巻きにされていて、余った部分で背負えるように結ばれている。長くはあるが持ち運べない事もない。
重さはそこそこあるが、それでも5キログラム前後といったところで、意外と軽かった。
そんな天幕が2張り分。エイン達でも運べたらしいが、旅をするならヒヅキとフォルトゥナが持った方がいいだろう。
ヒヅキはエイン達の寝床には天幕が必要かなと思い、それを背負うと、1張りはフォルトゥナに頼む。フォルトゥナは華奢な見た目だが、身体能力はヒヅキよりも上。それは力でも同じで、魔法ありで力比べをした場合、ヒヅキはフォルトゥナに負けるだろう。
フォルトゥナは軽々と天幕を持ち上げると、一度確認するように目を向けると、そのまま空間収納に仕舞ってしまった。そのヒヅキでは不可能な収納力に、ヒヅキは僅かに苦笑を浮かべる。
そんな事がありつつも、ヒヅキ達四人がシロッカス邸を発ったのは、ガーデンの門が開門して間もない頃であった。




