再会86
フォルトゥナがアイリスに講義をしている様子を、少し離れた場所からヒヅキは眺める。
魔法の講義には興味があるので聞いてはいるが、ヒヅキにとってはあまり得るものの無い内容であった。少し前にフォルトゥナに魔法を教えてもらったばかりでもある。
それでも、初めて魔法を扱う者に向けた説明は基本も基本なので、振り返る意味では聞く意義はあった。
昨日に比べて魔法を試す回数は少ない。1日魔法の講義を行う為に、放出する魔力量もフォルトゥナによって制限されている。
それでもしっかりと講義はなされているので、アイリスはゆっくりながらも確実に成長している。放出する魔力の制限はフォルトゥナが担ってはいるが、徐々にアイリス自身が行えるようになってきていた。
そうしていると、昼食の時間になり侍女が三人を呼びに来る。それを受けて一旦休憩にすると、侍女に案内されて食堂に移動していく。
三人が食堂に到着すると、今日はシロッカスも家に居たようで、食堂に先に来ていた。
それから昼食を済ませると、ヒヅキ達三人は場所を移して魔法の講義の続きを行う。
昼食がいい休憩になったとはいえ、元々保有魔力量が少ないアイリスは、そこまで魔力は回復していない。
それを踏まえて明日の事まで考えなければならないものの、フォルトゥナは気にせず講義を再開する。
ただ、やはり魔力量の少なさが気になるのか、午前中よりも更に放出する魔力量を絞っていく。
魔力量を絞るといっても魔法の規模が縮小するだけで、魔法である事には変わりはないし、その修練でもしっかりと意味がある。その証拠に、アイリスはそれでも着実に成長していっている。
勿論今のヒヅキにとってはアイリスの成長は遅いものの、ヒヅキは他に魔法を修練している者を知らないので、世間一般的にはアイリスの成長速度がどうなのかは何とも言えない。そもそもからして、魔法は一般的ではないという論はここでは横に措く。
とはいえ、である。ヒヅキはフォルトゥナの様に魔力が視える訳ではないので、何となく魔力が形になっていっているような気がしているだけではあるが。
現出している魔法は、フォルトゥナのおかげで大体一定の大きさに保たれているので、見た目的にはあまり変化は分からない。
それでも、魔力には個人によって質が微かに異なるので、その違いをヒヅキは鋭敏に察知して、魔法を構成するアイリスとフォルトゥナの魔力の割合から、アイリスが成長しているのだろうと予測は出来た。
もっとも、魔力の質の違いが判るのは余程魔力に敏感な者でしか難しく、魔力に敏感なエルフ達ですら、それが判る者はあまり多くはなかった。
そんな事など知らないヒヅキは、その特異な判別方法に独自で辿り着き、気軽に行っている。それを誰かに話す事は無いので、それが判明する事はないが。
そうして見守ること数時間。夕方になり外が暗くなり始めたぐらいに、扉を叩く音が室内に響く。夕食を告げる合図であった。
それを聞いたヒヅキは、もうそんな時間かと思い視線を窓の方へと動かすと、そこには茜色に染まる世界が映し出されていた。しかしそれも暗くなってきているところを見るに、日暮れもそう遠くはないのだろう。
窓の外を眺めながらヒヅキがそんな事を考えていると、その間にアイリスが返事をして、呼びに来ていた侍女が入ってくる。
「…………」
窓の外に向けていた視線を入ってきた侍女の方に向けたヒヅキは、一瞬驚いたように動きを止めたが、直ぐにそんな事はないかと動き出す。
入ってきた侍女はすらりとした細身で、銀とも灰とも見える色をした長い髪を頭の後ろで丸めて纏めていた。
目元はやや吊り目がちながらも涼やかで、鼻筋もスッと通っている。一言で言えば美人というやつか。
体形は細いものの、貧相という印象は抱かない。どちらかといえば上品、もしくは優雅といった感じで、侍女服に身を包んでなければ何処かの貴人だと思ったことだろうが、その侍女服をしっかりと着こなしている為にその心配はない。少なくとも、貴族が戯れに侍女服に身を包んでいるとは到底思えないほどには様になっていた。もっとも、貴族の娘が花嫁修業や教養を身につける為に侍女として働く事もあるのだが。
しかしヒヅキが驚いたのはそこではなく、その侍女の顔が見知った人物に似ていたからであった。




