再会84
『たとえ記憶が無くとも、君が人を信用していない事ぐらいは知っているよ』
ヒヅキが消えた闇の中、暗い男の声が闇に響く。
『いつぞ王女に素顔を晒した、と君が思っているあれだがね』
誰も居ない闇の中で、男は声に少し愉快げな響きを乗せて言葉を紡ぐ。
『あれでもまだ仮面なのを僕は知っているんだよ。だって君はもう……まぁいい。仮初でも、出来得る限りもう少し感情の修復を行ってあげよう。君の行く末はもう定まっているのだから』
憐れむような声で男が言葉を紡ぐと、闇の奥で何かが動く気配がする。
『………………予想の範囲内とはいえ、その中でも早いものだ』
やれやれとでも言いたげにそう口にすると、声の主は静かになった。
◆
ヒヅキが目を覚ますと、まだ薄暗いながらも朝だった。
「………………」
周囲を確認した後に窓の方へと目を向けたヒヅキは、室内を白く染め始めた窓の外の様子に僅かに目を細める。
その明るさ的に、普段フォルトゥナが起きる時刻より少し早い時間。ヒヅキは先程の夢とも違う光景を思い出して、顔をしかめた。
(英雄、か)
神が祝福した存在を英雄と呼ぶ。それだけ神の恩恵は凄まじく、まさに英雄と呼ばれるに相応しい強さを誇る。それはフォルトゥナを見れば容易に理解出来た。
(では、俺は?)
あの声の主を信じるのであれば、ヒヅキの中には過去の英雄達の魂とも言える意志が集っている事になる。
それは凄まじい事ではあるが、英雄という意志の強い規格外の存在を幾つも抱え込んでいるという事でもあるので、それを考えれば、よくヒヅキはまだヒヅキのままでいられるものだと感心するほかない。
そんな状況だけにヒヅキの疑問ももっともだが、それに答える者は無し。しかし、少なくとも実績で言えば英雄と呼ぶにふさわしかった。
それでもその理論から言えば、神の祝福を受けていないヒヅキは英雄ではない。
(異質な存在という事か)
ヒヅキが自嘲するような笑みを口の端に浮かべたところで、顎の下から呻き声が聞こえてくる。
そちらの方に顔を向けたヒヅキは、薄っすらと目を開けたフォルトゥナに朝の挨拶を行う。
「おはよう」
「おはようございます! ヒヅキ様!」
目元を幸せそうに蕩けさせながら、フォルトゥナは挨拶を返す。
目を覚ましたフォルトゥナが起き上がると、ヒヅキも起きてベッドから降りる。
朝の支度を済ませると、ヒヅキは窓を開けてから背嚢を手にして、窓際に置いてある椅子に腰かけた。
その隣に腰掛けるフォルトゥナ。
ヒヅキは椅子に腰掛けると、背嚢から義手の点検と整備に必要な道具を取り出して、近くの机の上に置く。
その後に義手を取り外すと、点検を始める。
義手を取り外したヒヅキの姿を、フォルトゥナは複雑そうな顔で眺めているも、何か言葉を発する事はしない。
一人で点検や整備が出来るように作られているので、点検や整備は片手のヒヅキ一人でも問題ない。
そもそも整備がほとんど必要ないぐらいに頑丈な義手なのでそのままでも大丈夫だが、それでも時には命を預ける事になるのだから、たまに点検や整備を行った方がいいだろうとヒヅキは思っていた。
それにもしも不具合があったとしても、フォルトゥナが魔法道具を作製可能なのだから、もしかしたら何とかなるかもしれない。とはいえ、ヒヅキはフォルトゥナに義手の点検や整備を手伝わせるつもりは全くないようだが。
既に手慣れた様子で義手の点検と整備を終わらせたヒヅキは、義手を左腕に装着する。その後に左手を動かして具合を確かめた後、出していた道具を背嚢へと仕舞った。
道具を仕舞った背嚢を机の上に置いて椅子に座り直したヒヅキは、綺麗になった義手を優しく撫でてひとつ頷く。
「ふぅ。義手の整備もまだ慣れないな」
元々が頑丈という事や移動が多かったという事もあり、あまり回数をこなせていないので、ヒヅキは義手に目を落として独り言つ。それでも傍から見れば、随分と手慣れた様子であった。




