絶望
マリアがスキアの攻撃から戦士たちを守るなか、戦士たちとマリアの父の攻撃は続く。
竜人の戦士が容易く岩をも砕く拳をスキアの横っ腹に打ち込むも、スキアは小動もしなかった。それどころか尻尾の蛇のようなモノのうち一匹が迎撃すべくその戦士に襲い掛かってくる。
「クッ」
それを竜人の戦士は後方に跳び退き回避しようとするも、蛇のようなモノは身をくねらせ戦士を追撃するべく軌道を変えてくる。
その追撃をかわしきれなかった竜人の戦士に、口を開けた蛇のようなモノの牙がその身に纏う軽鎧ごと突き刺さろうとしたその時、突然横合いから飛来した弓矢が蛇の側面に突き刺さり、蛇の攻撃を阻害する。
その隙に竜人の戦士は一旦スキアから距離を取ることに成功した。
その反対側では、鬼の戦士が手に持つ巨大な戦斧をスキア目掛けて降り下ろす。得物である巨大な戦斧に見合ったその巨躯から繰り出された強力な一撃に、さすがのスキアも若干たじろいだようにふらついた。そのタイミングで追撃とばかりに魔族の戦士が魔法で作り出した破城槌がスキアに襲い掛かる。
スキアはふらついたところにその重い一撃を受たために、倒れそうになる体勢を立て直そうと一歩前足を横に動かした。しかし、強烈な一撃を間髪入れずに二度も受けても、スキアはただそれだけで何事もなかったかのように元の体勢に戻った。
スキアは鬼の戦士に蛇のようなモノの尻尾三匹で反撃しつつ、少し離れた場所から魔法を放つ魔族の戦士に向けて、口の辺りに出現させた直径1メートルほどの火球を放つ。
鬼の戦士を襲う三匹の蛇のようなモノのうち二匹はマリアの父が放つ弓矢に打ち抜かれて動きが鈍るも、残りの一匹の牙が鬼の戦士を襲った。しかし、それはマリアの防御魔法が防いでくれた。
魔族の戦士は迫り来る火球に何枚もの魔法障壁を重ねて防ごうとするが、スキアが放った火球はその全てを突き破る。それでも幾分かは勢いを削ぐことに成功すると、その一回りほど小さくなった火球目掛けて魔法で作った大量の氷の矢を射掛ける。
そこはさすが魔法の矢というべきか、その全てを多角的に火球に命中させると、とうとう魔族の戦士に届く前に火球は吹けば消えそうなほどまでに小さくなり、そのままマリアの防御魔法に当たって消滅した。
結果だけ見れば魔族の戦士は無傷であったが、それでもかなりの魔力を消耗させられてしまっていた。
その他にも人や獣人、ドワーフにゴブリンなど様々な種族の戦士が自身が繰り出せる最高の一撃でスキアを攻撃したが、残念ながらその悉くがスキアには通用しなかった。
それどころか、スキアは回避さえ必要ないとばかりに一歩も動こうとはしなかった。
マリアの防御魔法のおかげでスキアの攻撃こそ受けてはいないが、戦士たちの攻撃はただ一方的に自分たちが消耗しただけに終わってしまっていた。
そこで離れた場所から「グウォォォォォォォォ!」という獣の咆哮のような音が響く。
マリアがそちらに目を向けると、二足歩行で四本の腕と背に翼を生やしたスキアが瓦礫と死体の上に立っていた。
その咆哮に、マリアは村長の家から出た時の父との会話を思い出す。
『大抵の場合他のスキアとは違う特徴を持っているスキアは、普通のスキアよりも強い』
つまりは、今目の前で苦戦しているスキアよりもあの咆哮をあげたスキアの方が強いということ。その事実に、マリアは心の中の何かが音を立てて崩れたような気がした。その崩れたものに何かしら名前を付けるとしたら、自負や自信といったところだろうか。
(何が生き残るためですか、しょせんは防御しか取り柄がないというのに………)
はは、と空虚な笑いを溢したマリアは、とうとう魔力が尽きてその場にへたりこんでしまった。
そのマリアの様子を見た戦士たちは防御魔法の支援が途絶えたことを悟り、そして……絶望した。
戦士たちの攻撃は一切通じず、マリアの防御魔法が無ければスキアの攻撃は一撃で致命傷なのだから、それもしょうがなかったのかもしれない。
中途半端な希望はあまりに脆く儚く、それでいながら失われると容易く心を折ってしまう。
全てが終わった。全てが無駄だった。マリアは泣くことさえ忘れて戦士たちが一人、また一人と倒れていく様を死んだ魚のような濁った目で眺めていた。魔力が尽きた以上、あとは頭を垂れてただ自分の番が来るのを静かに待っているしかないと。
しかし、そんな暗闇のなかを一筋の光が流れた。
その光はマリアの目の前に広がる暗闇をあきれるほどに容易く切り裂くと、マリアの前に降り立ち、あまりに場違いなホッとしたような明るい声音でこう語りかけてきた。
「やっと見つけました」
それはまるで奇跡が形をもって顕現したようで、それでいてその光はあまりにも神々しかった。
だからマリアは理解した、これこそが人々が崇め奉る神という存在なのだと。