おつかい2
「毎度ありがとうございます!」
ヒヅキが商売を開始して直ぐに一人の中年の男性が荷車を曳く供を一人連れてやってくると、真剣な目付きで野菜をしっかりと確認してから、大量に買っていった。
「やっぱりヤッシュさんのところの野菜は良いね!」
ヤッシュの作る野菜のファンであるその中年の男性は、購入時にそうしみじみと呟いていった。
その言葉にヒヅキは自然と誇らしげな笑みを浮かべた。
それから陽が完全に落ちる前まで露店を開いていたヒヅキは、荷台にある野菜の残りを確認して少し驚いたように小さく頷いた。
「これなら明日の午前中には売りきれそうだな」
最初の馴染みである中年の男性のお陰でかなりの数が減っていた野菜の量に、ヒヅキはそう予測すると、入り口からやや町の端寄りにある荷車や馬等を留める為の場所である駅舎に移動しながら明日の予定を思案する。
「午前中に売りきれたらどうしようかな?帰ってもいいけど、たまには町の様子を見て廻ろうかな?」
思いの外野菜が順調が売れた事に機嫌をよくしたヒヅキは、早く帰るという選択以外にも町を見て廻るという選択肢が頭に浮かび、どうしようかと考えていると、いつの間にか駅舎の前に到着していた。
「相変わらずここは空いてるな」
駅舎の広さに比べて少ない留められている馬や荷車等の数に、ヒヅキはそんな感想を漏らした。
ここの駅舎は入り口に近いという事もあり、門と共に主に軍が管理・警備を担当しており、元々治安の良い町の中でも更に安全な場所であるのだが、何故だか利用者は少なかった。
「利用料もたいして掛からないのにな……?」
そんな状況にヒヅキは不思議そうに首を傾げるも、直ぐに頭を切り換えて荷車を駅舎の管理者に荷台の野菜ごと預ける。その際、荷台で自分も寝れないかと交渉すると―――防犯を理由に普段は絶対に断られるのだが―――、今回だけはと特別に許可を貰えた。
「やはり顔見知りになっておくべきだね」
特別に許可が下りた理由は、現在町には冒険者が多数滞在しており、それに伴い宿屋が全て埋まっているから。というのが一番の理由ではあったが、追加でヒヅキがチーカイを訪れる度にこの駅舎を利用していたので、警備や受付の人たちとは長い人で十年以上の付き合いであり、また罪を犯さないという信用があったからこそでもあった。さすがに現状でも信用のない相手が寝泊まりする事に許可を出したりはしないだろう。
こうして、ヒヅキの読み通りに宿屋は殆ど埋まっていたようだが、何とか寝る場所を確保する事に成功したのだった。
ヒヅキは荷車を駅舎の荷車置き場の端に停めると、荷台の上で少なくなった野菜を退けて寝るスペースを確保してから早々に眠りについたのだった。
◆
翌日。
太陽より僅かに早く目覚めたヒヅキは、ぐずつくことなくさっさと目覚めて駅舎を後にした。
前日の午前、つまりはヒヅキがチーカイに到着した日の午前中に共同で露店販売の場所を借りている人たちは商売を終えていたらしく、今日もヒヅキは一人で販売スペースを使用出来ていた。
「思っていたよりも売れ行きが良いな、冒険者が多いからか?」
残り僅かとなった商品の野菜を眺めながらヒヅキは呟く。
朝の七時前、やっと本格的に辺りが明るくなりだした頃だったが、朝早くから商品を並べて三時間弱位が経った現在、ヒヅキの店の商品は殆どが売れてしまっていた。
「さすがに飲食物を取り扱っている店は朝が早いな」
ヒヅキの店だけでなく、周囲の食べ物や香辛料なんかを扱っている店は軒並み似たような状態であった。
もしも冒険者の影響なら、これはある意味小鬼たちのお陰なのか?などとヒヅキがどうでもいいことをぼんやりと考えていると、新たなお客さんが訪れ、残りの野菜は無事に全て売れたのだった。
「さて、片づけるか」
ヒヅキは最後のお客さんが離れていったのを確認すると、店の片付けを開始した。といっても、販売スペースには商品を置く棚なんかは元々設置されているので、その棚を軽く拭いたりして軽く掃除するだけではあったが。
◆
「さて、それじゃ久々に観光でもしますか!」
露店を片した後、再度駅舎に戻り荷車を預けると、ヒヅキはチーカイの町を見て廻る為にまずは露店がところ狭しと並ぶ大通りを進んでいた。
「さっきまでここに居たんだよね」
周囲を見回しながらヒヅキはそう呟いた。
チーカイの町は長方形に壁と壕で囲まれ、その町を囲む壁の東西南北の各中央辺りが少し凹み、そこに門が設置されている。そしてその門と門を繋ぐようにして大通りが伸びていて、チーカイの町を十字に大通りが横切っていた。
その大通りの両側にはところ狭しと露店が並んでおり、この町を知る者はそこから大通りのことを露店通りとも呼んでいる。
二本の大通りが重なる中央は丸く拓かれ、そこは憩いの場やイベント会場としても使われているが、元々の目的は演説や決まりごとを大々的に報せる為の空間であった。
「さて、まずはどこから見ようかな」
カイルの村と違い、石畳の床を歩きながらヒヅキは首を捻る。
チーカイの町は十字に大通りが通っている為に大きく分けて四つの区画が出来てはいるが、別段各区画毎に特徴があるという訳ではなく、大通りに沿うようにして店が並び、大通りから離れれば離れる程に民家ばかりになっていくのはどこも同じだった。
ヒヅキは昼頃までかけて大通りを一通り見て廻ると、おもむろに横道に入っていく。
「相変わらず、大通りから一本横道に入るだけで随分と静かになるもんだ」
建物と建物の間だからか、大通りより少しだけ薄暗くなった道は人通りが殆ど無ければ道幅も狭く、端に寄れば何とか人と人がそのまますれ違えるだけしかなかった。そんな光景を眺めていると、背中越しに聞こえる喧騒がやけに遠くに聞こえるような感覚に、ヒヅキはどこか懐かしげにそう声に出すと、その横道の先へと歩みを進める。