新たな力
ヒヅキを蹴り飛ばした狼のようなスキアは再び来た道を戻ろうと向きを変える。
しかし、視界の端に僅かに動く何かを捉えたスキアは動きを止めると、そちらの方へ顔を向けた。そこにはありえない光景があった。
「……………」
先ほど蹴り飛ばしたはずの男が緩慢な動きで立ち上がろうとしていたのだ。
スキアに自我というものはほとんど存在しないが、動物の本能のようなものは存在する。その本能が告げるのだ、あれは危険だ、立ち上がる前に排除しろと。
スキアはその本能に従い立ち上がろうとしている男に身体を向けると、勢いよく襲いかかった。
◆
ヒヅキは朝目覚めるかの如く自然と目を覚ますと、背中を預けている傾いだ木から立ち上がろうと四肢に力を込める。
「……ああ、なるほど」
どういう理屈か分からないが、あの声の主の言葉の通り、目を覚ますと自然と声の主が言う力の使い方とやらを理解していた。
目の前のスキアがこちらを向いて襲いかかってきたのが見えるが、先ほどまでと違いその動きはあまりにもゆっくりで、また、先ほどまで感じていた強大さを、目の前のスキアからは微塵も感じられなかった。
ヒヅキは完全に立ち上がる必要もないとばかりに手を前に伸ばして虚空を掴むと、その手には突如として顕れた、眩く光る一振りの剣が握られていた。
ヒヅキは前足を振り上げて襲い掛かってくるスキアに向けて中腰のままに地を蹴ると、その勢いのままにスキアの後ろ足を切りつける。
先ほどまでヒヅキの攻撃ではかすり傷ひとつ負わせられなかったスキアだったが、力の乗りきっていない半端な態勢から繰り出されたその光の剣の一太刀を受けて、今度はその後ろ足をヒヅキの手に何の抵抗も感じさせずに両断させられる。
スキアは片足を失ったことで、ヒヅキに襲い掛かった勢いを殺しきれずにバランスを崩す。
そこにヒヅキはもう片方の後ろ足へと追撃の一撃を放った。
個体によっては声を発することが出来るスキアも存在するが、ヒヅキの攻撃をその身に受けた狼のようなスキアは声を発することが出来ない一般的なスキアらしく、無言のままに横転する。
ヒヅキがそのまま横転したスキアの胴を2つに切り分けると、スキアは黒い粒子となって霧散した。
「……強いけど、これは燃費が悪いな。魔法で保護してるとはいえ、高速移動も身体に負担がかかりすぎるし、この辺りは慣れればもう少し何とかなるのかな?それにしても……魔法ってのは何でもありだな」
光の剣を手元から消しながらスキアが消滅した場所を眺めると、ヒヅキは疲れから息を吐いた。
「少し休憩したらあのエルフの女性を探して道を尋ねるかな………しかし、ここはどこなんだろうか……」
ヒヅキは辺りを見渡してから考えるも、元から迷っていたのだ、今更ちょっと何も考えずに森の中を全力疾走したぐらいでどうだというのだ。という現実逃避的な結論に至り、深く考えることを止めた。
それからしばらく休息を取ると、ヒヅキはとりあえず来た道を戻ることにしたのだった。