再会20
容器を受け取ったフォルトゥナは、混乱と驚愕と幸福のなか、容器に満たされていた水を一気に呷る。
「お、美味しかったです! ありがとうございます!!」
「もう一杯要る?」
「い、いえ、大丈夫です!」
フォルトゥナから容器を受け取りながら、ヒヅキは枕元の棚の上に置かれている水差しの方を一瞥してそう問い掛けた。
それにフォルトゥナは慌てて辞退する。ヒヅキの前以外では絶対に見られない、フォルトゥナの慌てた姿。それを見て、しかし特に何も思うことなく、ヒヅキは「そう」 とだけ返して容器を水差しの隣に置いた。もっとも、ヒヅキは長じたフォルトゥナについて詳しくは知らないので、そのことに気がつく事もないのだが。
「えっと、もしかしてヒヅキ様が私の介護をしてくださったのですか?」
「そうだよ。急に意識を失ったから心配したよ」
「そ、そうでしたか。それはその、お手数をお掛けしました。ありがとうございます」
顔を赤らめるフォルトゥナだったが、ヒヅキは話の内容ほど言葉に感情が籠っていない。実際に驚き心配はしたが、それは小さな感情の変化で、直ぐに収まっていた。フォルトゥナの介護も無心に近い状態であった。
しかし、フォルトゥナにとってそんな事は関係ない。傍に居るだけで幸せなのに、世話までしてもらえて幸せ過ぎてどうにかなりそうなのだから。
「いや、いいよ。それよりも、今度から無理しないように」
「はい!」
嬉しそうな笑みを浮かべて頷くフォルトゥナに、一瞬苦い表情を浮かべたヒヅキだったが、直ぐに引っ込める。
「それならいい。ちゃんと気を付けるんだよ」
水を飲ませて顔色を確認したことで、ヒヅキはもう問題ないだろうと判断して、フォルトゥナの傍を離れて窓際に近寄る。
開け放たれている窓から室内に入ってくる涼やかな微風に頬を撫でられながら、ヒヅキは窓際に立ちながら外の様子を目にしていく。
(ここは変わらないな)
窓の外に広がる景色を眺めながら、ヒヅキはそう思う。少し街の中央方面に進めば、以前よりも猥雑な感じが増しているのだが、シロッカス邸の建つ周辺は、以前と変わらず静寂の中に猥雑な音が薄く響く程度であった。
流石高級住宅街の広がる区画だと感心つつ、少し夜景を楽しむ。
外の様子を眺め終えると、ヒヅキは視線をフォルトゥナの方へと向ける。
「………………」
そこには、夢見るような顔でヒヅキのことを眺めるフォルトゥナの姿があった。先程水を飲ませる為に上体を起こした時のままなので、ずっとヒヅキのことを見ていたのだろう。
ヒヅキは顔を窓の方へと戻すと小さく息を吐き、窓を閉めた。
夜も大分更けてきたところでベッドへと移動すると、ヒヅキはフォルトゥナの事など気にすることなく、ベッドのやや端の方で横になる。その隣でフォルトゥナも横になると、二人揃って眠りについた。
◆
周囲を見渡すまでも無く、ヒヅキはそれが夢であると判断する。いや、厳密にいえば違うのだろうが、そこは気にしても意味がないうえに説明できないので、似たようなものだと無理矢理に自分を納得させる。それに、ヒヅキはその空間には何度か来たことがあったので、落ち着いてもいた。
(今回はどなたが?)
『まぁ当分は僕しか出てこないと思うよ?』
ヒヅキの落ち着いた問いに、年若い男の、暗い雰囲気の声音が返ってくる。
(そうですか。それで、今日は何用で?)
この場所に来たのが4度目。この声の主とは3度目となる。そこまでくれば流石にヒヅキも慣れたもので、さっさと要件に移ろうと問い掛けた。
『前にまた話す時間を作ると約束しただろう? それを果たしに来たのだよ』
どこか気怠そうに声の主はそう告げる。ヒヅキは前回の話を思い出し、確かにそんな話をしていたなとぼんやり考える。しかし、その時に何かを訊きたかった気がしたが、それが何だったかは、残念ながら思い出せなかった。




