迷子
「……………あれ?」
ヒヅキは辺りを見渡すと首を傾げる。
「ここ、さっきも通ったような………あれれ?」
ヒヅキは僅かな間固まると、思わず空を仰ぎ見る。といっても、見上げたところで木々と葉ぐらいしか見えないのだが。
「森には慣れてると思ってたんだけどなー」
ヒヅキは死んだ目で乾いた笑い声を上げると、急に遠い目になった。
「………どうしよう、幸い食料はあるけど、ここから出られる気がしない…………」
そんなヒヅキがあははと空虚な笑い声を上げていると、微かに音が聞こえたような気がした。
「………人かな!?」
ヒヅキは反射的にその音が聞こえたような気がする方へと全力で駆け出す。
「お!」
その途中で今度こそヒヅキの耳がしっかりと音を拾うと、急いで進路を変更する。
次第に複数の音が耳に届く。
そして音の発生源の近くまで来ると、そのまま飛び出したい気持ちをグッと堪えて、念のために茂みから音を出している人物を確認する。
「あれは……!!」
そこには薄闇の森が生み出す闇を何倍にも濃縮したような暗闇が二つ動いていた。
一つは四足歩行をする狼のような見た目の暗闇で、もう一つは二足歩行だが、手が四本あり、背中に翼のようなものを生やしたよく分からない貌をした暗闇だったが、その二つの暗闇の正体に覚えがあったヒヅキは、迷っていたことなどすっかり忘れてそれを食い入るように観察する。
「おぉ…!あれが、あれが幾度もその名を聞いたスキアか!!」
ヒヅキは好奇心を抑えるのに苦心しながらスキアとともに移動するも、そんな状態では気づかれないようにするのが精一杯であった。
しばらく後をつけながら観察していると、突然狼のようなスキアが走り出す。
ヒヅキは2つの暗闇に交互に視線を向けながら少し悩むも、見た目がよく分からないスキアの方が気になり、狼のようなスキアは諦める。
残されたよく分からない姿のスキアは、変わらず歩いて移動していた。
「本当に全身真っ黒なんだな。それに見るからに強い、戦ったらこいつ一体でも面倒そうだ。……それにしても、これは本当にいったいなんの姿なんだろうか?」
ヒヅキが難問を前に首を捻っていると、少し離れた場所から「きゃーーーーーっ」という女性の叫び声が聞こえてくる。
「………ふむ、この方角は……」
ヒヅキは声が聞こえた方を向くと、そちらは先ほど狼のようなスキアが走って行った方であった。
「……そういう訳にもいかない……よなぁ」
一瞬目の前のスキアの観察を続けたい衝動にかられるも、ヒヅキは首を振ってそれを振り払うと、気持ちを切り換えて声が聞こえてきた方へと駆け出したのだった。