フォルトゥナ29
「そうね」
ウィンディーネは姿を現すことなく、声だけで答える。
「一部の神になら効く可能性はあると思うわよ」
「一部、ですか。当然ウィンディーネには効果がないのですよね?」
「ええ、勿論。それぐらいでは問題ないわ」
「そうですか。それは残念ですが、では、どの神には効果があるので?」
本当に残念そうに口にしながら、ヒヅキはウィンディーネに問い掛けるも、ウィンディーネはそれを気にした様子は無い。
「そうね、竜神辺りになら可能性はあるのではないかしら?」
「…………なるほど。それは凄いですね」
ウィンディーネの言葉に頷いたヒヅキは、フォルトゥナへと目を向ける。
「それでしたら、確かに私よりも強いということになりますね」
「え?」
全力で戦った訳ではなかったが、少し前に痛い目を見た相手ですら消し去れる可能性があるというフォルトゥナへと目を向けながら、僅かに悔しさの滲む声出す。
「今話に出た竜神とは少し前に戦ってね、その際に私は左手を失ったんですよ」
ひらひらと義手を動かすヒヅキに、フォルトゥナは驚いたように表情を浮かべる。
「義手については気になっていましたが、神と戦われたのですか!?」
「まぁ、戦ったと表現していいのか微妙ではあるが、そうなるね。自分の弱さが身に染みたよ」
他人事のようにヒヅキは口元に呆れたような笑みを浮かべるも、そこに皮肉や自虐の色はもはや無い。
「ヒヅキ様は凄いのですね!」
「はは。フォルトゥナならその竜神にも勝てたかもしれないんだけどね」
「そんなことは…………」
「だから、良い力じゃないか。少なくとも、私は評価するよ。好感も持てる」
「本当、ですか?」
恐る恐るといった感じのフォルトゥナの問いに、ヒヅキは頷いて笑みを浮かべる。
「ああ。自信を持っていい。少なくとも、それぐらいで私は恐れないよ」
「あ、ありがとうございます!」
優しげに声を掛けたヒヅキに、胸元のネックレスの意匠を包み込むように掴んだフォルトゥナは、頭を下げながら、涙声で感謝を告げる。そこには確かな安堵があった。
「そもそも、制御されているモノを恐れる必要も無いからね。別にフォルトゥナが敵という訳でもないし」
昔のエルフ達の反応を思い出したヒヅキは、呆れたように肩を竦めてみせる。
「はい! 私はヒヅキ様の忠実な僕ですので、絶対にヒヅキ様に背くようなことは致しません!」
「そこまでは求めていないんだが…………」
先程まで沈んだ表情を浮かべていたとは思えないほどに表情を輝かせるフォルトゥナに、ヒヅキ苦笑を浮かべる。
「いいえ。あの時死を待つのみであった私に、ヒヅキ様は生きる意味を与えてくださいました。それに報いるのは当然ではありませんか!」
多少の狂気を瞳の奥に光らせながら、フォルトゥナはヒヅキの近くまで顔を近づけてくる。
「まぁその前に、朝食でも食べたら? それを食べたらカーディニア王国へと向かうからさ」
「はい!」
元気よく頷いたフォルトゥナは、木の実と水を口にしていく。
そんなフォルトゥナを眺めながら、ヒヅキはあまり触れない方がいいかと内心で考える。かつての自分であれば頑として拒絶したかもしれない危険な光を瞳に宿した女性。しかし、今は特段思うところも無かった。少々困るぐらいで。
「そういえば、そのネックレスだけれど」
ヒヅキの言葉に、フォルトゥナは手を止めてヒヅキの方を向く。
「当初は返してもらう約束だったけれど、付いてくるというのであれば、もう少し預けておくよ。大切に扱ってくれているようだし」
預けた時とあまり変わらないネックレスに、ヒヅキはそう結論付ける。変わったところといえば、ネックレスの紐の一部に修復の跡が微かに確認出来るぐらいだろう。
「本当ですか!?」
「ああ。フォルトゥナが望むのであれば、だけれど」
「是非お願いします!」
即答したフォルトゥナへと、ヒヅキは分かったと頷きを返した。




