フォルトゥナ25
ウィンディーネの声がした後、数拍の間を置いて目の前にウィンディーネが姿を現す。
「全く。ヒヅキは私を何だと思っているのかしら?」
不機嫌そうな言葉とは裏腹に、呆れたような表情の中に楽しげな色を滲ませて、ウィンディーネはヒヅキの顔を見つめる。
「邪魔な疫病神だと思っていますが?」
ヒヅキはフォルトゥナの様子を気にしながら、開き直ったようにウィンディーネに答えた。
「ふふ。相変わらずね、ヒヅキは。そういうところがお気に入りよ」
ウィンディーネはフォルトゥナのことなど気にしていないのか、ヒヅキの方だけを見つめながら、少し艶っぽい笑みを浮かべる。
「…………迷惑なものですよ。本当に」
そんなウィンディーネへと嫌そうな顔を向けながら、心の底から絞り出したような声で応えてから、ヒヅキはフォルトゥナの様子を観察しようと顔を向けるが。
「…………」
「…………」
そこにはジッとヒヅキの方を見上げるフォルトゥナの姿があった。
「フォルトゥナはその、あれの影響はないの?」
ヒヅキはぞんざいにウィンディーネの方を指差しながら、フォルトゥナに問い掛ける。
フォルトゥナはヒヅキの指が指し示す先を一瞥だけすると、直ぐにヒヅキの方に目線を戻した。
「影響、でございますか? 強大な存在だとは存じますが、如何様な影響があるのでしょうか?」
先程までと何も変わらずに、フォルトゥナはヒヅキの問いに首を傾げた。
「あそこに居るのはウィンディーネという名前の神らしいのだけれども、姿や声に魅了の効果があるんだよ。だから、普通は声を聞いただけでもウィンディーネに魅了されるらしいんだけれども…………」
ヒヅキはそう説明していくも、目の前のフォルトゥナに魅了にやられている様子は見られない。
「魅了、ですか」
ヒヅキの説明を聞いたフォルトゥナは、ウィンディーネの方に顔を向けて、今度はしっかりとウィンディーネの姿を視界に収める。
しかし、それでもフォルトゥナには変化が見られず、それどころか不思議そうに首を傾げてヒヅキの方に顔を戻した。
「神々しい方だとは思います。しかし、それ以外は特に何も感じませんが?」
これが魅了の効果なのだろうかとでも問うように、フォルトゥナはヒヅキの目を見つめる。
「…………多分、フォルトゥナには効果がないのだろう」
「ええ。そうよ」
ヒヅキがそう結論を出したところで、横から肯定の言葉が掛けられた。
「それどころか、多分その子もヒヅキと同じで、例外的な存在だと思うわよ?」
「例外的な存在、ですか?」
ウィンディーネの方に顔を向けたヒヅキは、どういう意味かと問うように首を傾げる。
「つまりはね、その子も私に触れられるということよ」
「え!?」
ウィンディーネの答えに、ヒヅキ驚きの声と共にフォルトゥナの方に顔を向けた。
「まあもっとも、その子の場合とヒヅキでは色々と異なるけれど…………その子の場合、加護と想いが強すぎるから、多分効かないと思うのよね」
ヒヅキの反応を楽しみながら、ウィンディーネは所感を述べる。
「加護は確か……」
それで、ヒヅキはフォルトゥナに加護を与えている相手を思い出す。実際に口にしたわけではないが、ウィンディーネの口ぶりから、おそらくもっとも上に位置する神が加護を与えていると推測していた。
「それに想い、ですか」
魅了が効きに難い条件の1つに、強い影響を与えている誰かもしくは何かが心の中に居る場合というものがあった。そして、目の前で一心にヒヅキを見上げているフォルトゥナという女性は、間違えようもなくヒヅキしか見ていない。それはウィンディーネを視界に収めていてもだ。
フォルトゥナにとって、ヒヅキ以外は神であろうともその他大勢でしかない。なので、想いという点だけで見ても、かなり強力なものがある。もしもフォルトゥナがヒヅキに抱くその想いと強さを張り合うのであれば、狂信者ぐらいは連れてこなければ全く話にならないだろうほどに。それでも比べ物にならないだろうが。