魔法道具79
夕食の準備が出来たことをヒヅキに伝えに来たリケサに返事をした後、一度身だしなみを確かめてから、ヒヅキは部屋を出て食堂へと移動する。
食堂ではいつものように机に料理を載せた盆が2つ並び、その片方の前にリケサが座っていた。
ヒヅキは向かい側にある盆の前に腰掛け、二人は食膳の祈りを捧げる。それが済むと、夕食に手を付けはじめた。
「アルコ様には会えた?」
「いえ。会えませんね」
リケサの言葉に、ヒヅキは力なく首を振る。
「そっか。やっぱり首都は大変なのかな?」
「そうですね。私が見に行った時は、離れたところでもスキアを結構見ましたから」
そのヒヅキの話に、リケサは驚きを顔に浮かべる。
「大丈夫だったの!?」
「はい。気づかれずに済みましたから」
「そっか……運がよかったね」
「はい。ですから、氷の女王、アルコさんは首都から離れられないのでしょう」
「そっか。首都なんて見捨ててもいいのにな」
少し暗い声音でそう呟くも、リケサは直ぐに冗談っぽく肩を竦めてみせた。
「エルフの国の冒険者達はそんなに数が少ないのですか?」
冒険者の強さに種族はあまり関係ない。ならば、個の強さに頼るしかない状況に陥っているということは、冒険者の数が少ないのかもしれない。
(あの首都の大きさならば、それも致し方無いのかもしれないが)
そう思いつつ問うと、リケサは考えるように首を傾げてから口を開いた。
「他国の冒険者の数を知らないから何とも言えないけれど、少なくはないと思うよ」
「そうですか。では、首都が大きすぎるのか、初期で数を減らし過ぎたのでしょうね」
「そうなのかな? その辺りはよく分からないな。でも、結構装備は充実しているはずなんだけれども」
「魔法装備で身を固めているのでしたね。でしたら、首都が広いのでしょう」
ヒヅキはそう考えるも、実際の冒険者の数が不明なので何とも言えない。少し前に見た冒険者達は、一般的な冒険者と同程度の強さで、特に印象には残っていなかった。
「そんなものなのかな?」
「はい。やはり魔法装備は強力ですから」
魔法装備が強いのは理解しているのだろうが、やはり一般人であるリケサではその辺りはよく解らないのだろう。ヒヅキの言葉にリケサは曖昧に頷く。
「魔法装備が高いのは知っているんだけれどもね。僕自身、生活で使うぐらいでしか魔法道具はお世話になっていないからね」
「エルフの国ならではですね。人間の国では魔法道具はあまり目にしませんから。それこそ街灯ぐらいではないでしょうか」
「そうなんだ。少ないのは知っていたけれど、それほどなんだ」
驚き頷いたリケサは、天井の方に目を向ける。そこには煌々と食堂内を照らす魔法の光が灯っているが、それは人間の国で目にする物よりも明度が高く、直ぐに質が違うのが判るほど。
驚いた目で明かりを見詰めていたリケサは、顔を前に戻して不思議そうに首を捻る。
「でも、そんなに供給されていなかったっけ?」
「関税が高いですからね。そこまで普及していないのですよ」
「そっか。ウチのお客さんでも仕入れていく人は結構居たから、もっと普及しているのかと思っていたよ」
「それは上流の方々向けですね。私のような一般庶民では、街灯以外では中々目にする機会はありませんよ」
「そうだったのか。やはり普及はさせたくないんだな」
「……生活するうえでは単なる便利道具ですが、争ううえでは脅威ですからね」
「まぁ、そうだね。でも、それでもエルフはこの森ですら満足に支配できていない」
一瞬遠い目をした後、リケサは料理と一緒に置かれていた水を一気に呷る。
「ふぅ。お腹いっぱいだ」
「はい」
リケサは空になった二人分の食器に目を向けた後、立ち上がる。そこでヒヅキはいつものように食事の感想と礼を伝えると、椅子から立ち上がり食堂を後にした。