魔法道具78
視線を人形に戻したヒヅキは、最後に少しだけ生命力を注いでそれを背嚢に仕舞う。
「はぁ。疲れましたね」
立ち上がり木に背を預けて息を吐くと、ヒヅキは漫然とした視線を氷の女王の家へと向ける。
「いつになったら戻られるのか…………首都が落ちた時だろうか?」
生命力を人形に注いだ影響で眠気の混じる意識の中、ヒヅキはそんな考えを浮かばせながら木から背を剥がすと、伸びをした。
「んー! このままでは眠ってしまいそうだな」
困ったように息を吐き出したヒヅキは、気だるげに顔を上げて天を仰ぐ。
「せめて晴れていたらな……」
そこには厚い雲が天を覆う、どんよりとした重い空が広がっていた。
「また雨が降るかもしれないな」
そう考えたヒヅキは、宿屋の玄関から回収していた雨合羽を背嚢の中から取り出して、背嚢を背負った上からそれを羽織る。
「これでいいだろう。しかし眠いな」
もしも曇りではなく晴れであったならば、誰かに見られているような気持ち悪い感じがある為に、多少の眠気は簡単に吹き飛ぶのだが、生憎と曇りではそれも弱く、あまり眠気を抑えてはくれない。
「これからは作業するにしても、もう少し加減しないといけないな」
揺れそうになる頭を振ると、ヒヅキは背嚢の位置を確かめる。
そのまま軽く身体を動かしながら氷の女王の家へと目を向けていたが、あまりにも眠い為に、いつもより早めに引き上げて宿屋に帰ることにした。
「このまま帰って宿屋に付くのが夕方頃だから、夕食まで少し時間があるな」
敢えて口に出して僅かに眠気を紛らわすと、移動しながら義手の訓練を始めることにした。
左手を握って開いてを数回繰り返した後、腕を持ち上げたり下げたりをゆっくりと繰り返す。
「ここまでは問題ないな。大分馴染んできたし」
ヒヅキはまるで最初から左腕に付いていたかのように違和感なく動く義手に感心しながら、今度は腕を捻っては戻して、手のひらと甲を交互に顔の方へと向けていく。
「こちらも問題ない。次は、魔法の使い勝手か」
一通り現在の義手の調子を確かめたヒヅキは、今度は左腕に魔力を通して光の剣を発現させることにする。
「むぅ? 何かが引っかかるな」
左腕の途中でほんの僅かな引っかかりを覚えながらも、ヒヅキは無事に左手に光の剣が出現した。
「まだ魔力が通しきれていないのか?」
その発現した光の剣は、右手で同様に発現させた時の光の剣と比べて3分の2ほどの大きさであった。それ以上に、発現速度があまりにも遅かった。
しかしそれだけであれば、義手だということを考慮して、そこまで気にはしなかっただろうが、魔法を発現する為に義手に魔力を注いだところ、そこには明確に何かしらの引っ掛かりを感じた。少なくとも、右手に魔力を通した際の淀みなく流れるような魔力とは明らかに違っている。
ヒヅキはそれを、魔力経路が通常駆動以上の魔力の通過に慣れていないためだと考え、もう少し魔法を発現させるために魔力を通していく。しかし、幾度も試してみても、引っ掛かりはなくなってはくれない。
「なんでだろう?」
ヒヅキは不思議そうに左手に視線を注ぐも、それで解決はしてくれない。
「明日鍛冶屋に行って尋ねてみるか」
到着した宿屋を見上げながらヒヅキはそう呟くと、そのまま宿屋の門を潜り、借りている部屋に戻ると、背嚢を下して人形を取り出すと机の上に置いて、椅子に腰掛け一息吐く。
「夕食を食べ終えたら、続きをするかな」
疲れた目を人形に向けて、少し義務っぽい口調でそう呟くと、伸びをして採光用の窓に目を向ける。そこから入る優しい色合いになってきた光を目にして、直にリケサが来る時間になるかなと予測すると、ヒヅキはぼーっと天井を眺めながら、その時を待つことにする。
それから程なくして、リケサの近づいてくる気配を感じたヒヅキは、椅子から立ち上がり扉へと近づいていく。