動く壁
翌朝、いつも通り早朝に目が覚めたヒヅキはぼーっとした目で暫く天井を眺めると、ゆっくりと目線を右へ左へと動かしまだ薄暗い室内を見回す。
「……………」
まだ夢の中のようなふわふわとした現実感の薄い世界を漂っていたヒヅキだったが、徐々に脳が現状を認識していく。
「……あぁ、戻ってきたのか」
自分のその無意識の一言に、ヒヅキは思わず眉をひそめた。
「戻ってきた……?」
それで昨夜の夢?の内容が途切れ途切れではあるが頭に浮かび上がってくる。
「あれは夢だったんだろうか?」
現実感を伴うありえない出来事に、ヒヅキは軽く混乱する。
「ただ………」
昨夜の夢?を改めて思い返してみると、夢の中で感じた違和感というか気味の悪さは、まるで太陽や月から感じる不快感にどことなく似ていた気がした。
ヒヅキは暫くの間じっと天井を凝視するかのように動きを止めて考えると、ゆっくりと上体を起こした。
「……色々気になるところではあるけれど、今は情報が無さすぎる。それよりも、まずは出立の準備をしないとな」
◆
荷物を纏めて宿屋に鍵を返すと、ヒヅキは街に出た。
「相変わらず賑やかだなー」
朝もまだ早いというのに、宿屋の外の道には忙しなく往き来するたくさんの人で溢れかえっていた。
その様子を離れた場所から眺めている分にはさぞいい見世物になったであろうが。
「あの中を通るのか……」
ヒヅキは目の前の人の壁を嫌そうに眺めると、ひとつ息を吐いてから、なくさないように背負っていた背曩を前に持ってくる。
その背曩は魔法道具と呼ばれる代物で、小さな見た目とは裏腹に大量の物が入るが、幸い外見上はいくら入れてもそこまで膨れないうえに、中に入れた物は外からの衝撃では簡単には壊れないどころか傷もつかないので、ヒヅキは抱きしめるようなかたちで背曩を守ることを選択する。
「さて……それじゃあ行くか!」
ヒヅキは自分に気合いを入れると、意を決して人の波へと足を踏み出したのだった。