魔法道具75
生命力を注ぐというのは難しいもので、ヒヅキは記憶を頼りに行うも、途中でウィンディーネから指導が入った。
途中でそんな事がありはしたが、概ね順調に進んでいく。しかし、一日で出来る作業には限りがあるので、とりあえずヒヅキは夜になる前に一旦作業を切り上げる。
「ふぅ。やはり疲れますね」
「生命力を削っているんですもの。集中もしているし、それは疲れるわよ」
ヒヅキの呟きに、ウィンディーネは何を当然の事をと、そう口にする。
その言葉を聞きながら、ヒヅキは自身の手に目線を落とす。
手には特に何かがある訳ではないが、そこには確かに何かが抜け落ちたような感覚があり、普段よりも一回りほど縮んでいるように見えて、ヒヅキは首を振って、もう一度手の平に目を向ける。
「…………変わってないな」
そこには先程と変わらず手が在るのみだが、大きさは普段見慣れたモノであった。ただ、どこか輪郭が揺らいでいるような気して、思わず手を握って視線を切ると、そこに扉を叩く控えめな音が響く。
「はい?」
「夕食が出来たけれど、どうする?」
「ああ、頂きます」
「そう。なら、食堂で待ってるよ」
ヒヅキの返事を聞いたリケサは、そう告げて扉の前から去っていく。
リケサが扉の前から去っていく気配を少しの間追いかけたヒヅキは、ゆっくりとベッドから降りると、伸びをした。
「さて、少し英気を養ってきますか」
深呼吸をして気合いを入れ直したヒヅキは、作業中の人形を机の上に置いて、少しふらつく歩みで部屋を出ると、そのまま食堂へと移動していく。
(思ったよりもきついな)
道中そう思うも、まだ問題なく表面を繕える程度には余裕があった。
食堂に入ると、席に着いて待っていたリケサと軽く挨拶を交わして正面の席に腰掛ける。リケサはヒヅキの左腕が気になったようだが、とりあえず二人は食前の祈りを捧げて食事を始める。
もう何ヵ月もエルフの食事を食べているからか、エルフの国に来た当初よりも食材の味が大分判るようになってきていた。
そうなると、食事が俄然楽しいものになってくるもので、ヒヅキは以前よりも食事の時間が楽しい時間となっていた。
「義手、完成したんだね」
食事を始めて少ししたところで、リケサがヒヅキの左腕に視線を向けてそう声を掛ける。
「はい。今日こうして取り付けまでが済みました」
食事の手を止めたヒヅキは、左腕を目の前まで持ってきて、軽く手を動かす。
「もう自在に扱えるの?」
それに驚きの声を上げると、リケサは興味深そうにその左腕に視線を向ける。
「ある程度は。完全にはまだですが」
「それでも凄いよ! ヒヅキは魔力操作が巧いんだね!」
目を大きく見開いて、義手からヒヅキへと顔を向けたリケサに、ヒヅキは曖昧な笑みを浮かべる。
「義手がいい物だからだと思いますよ」
「まぁ、それもあるだろうけれど、それでも凄いよ!」
感心したようにしきりに頷いたリケサは動きを止めると、ヒヅキの方を向いたまま僅かに首を傾げた。
「義手が完成したってことは、もう帰るのかい?」
リケサの問いにヒヅキは少し考え、首を横に振った。
「いえ。まだ氷の女王とも会えていませんので、もう少しだけ滞在してみようかと」
「そっか。分かったよ。ここを発つ時は事前に言ってね」
「はい。勿論」
ヒヅキは頷きつつ、氷の女王もだが、結局フォルトゥナとも会えていないなと内心で付け足す。しかし、何の手掛かりも無い状態では探しようがない。
「でも、アルコ様と会えるかな?」
「どうでしょうか? 首都の方は忙しいようですから」
「そうだね。その時はどうするの?」
「あまりに会えない場合は諦めます」
「そっか」
少し寂しげに頷いたリケサだったが、直ぐに笑みを浮かべる。
それからも雑談を交わしつつ食事は進む。ヒヅキはまだ慣れていない義手の訓練とばかりに、左手を多用しながら食事を進めていくのだった。




