魔法道具73
左腕をゆっくりと持ち上げると、接続部分である肘の辺りに重みを感じ、次いで肩までその重みを伝えてくる。
しかし、それも最初だけで、義手自体はもの凄く重い訳ではないので、直ぐにその重みにも慣れてきた。
「まずは手を握って開く所から始めるか」
店主の聞き取りにくい嗄れ声での説明を聞きながら、ヒヅキは義手へと意識を向けていく。
義手を動かす為に、神経の代わりに義手に通っている魔力回路へと魔力を流して、義手の機能を起動して指を駆動させていくが、これには少量とはいえ常に魔力を流す必要があるので、魔力操作が下手な者は魔力の消耗が激しく、常時使用するには向かない代物になってしまう。
しかし、ヒヅキは元々魔力操作が得意であった為に、義手への魔力供給は必要最低限の量で済み、義手の駆動も滞りなく行っていく。
「はぁ。凄いもんだな」
そんなヒヅキに、店主は感心した声を上げる。
「人族なのによくそんなに巧く魔力操作が出来るな。エルフ族でもそこまで巧く扱える者はほとんど居ないぞ?」
「そうなのですか?」
「ああ。特注の義手とはいえ、そんなほとんど魔力消費無しで、最初から自在に義手を扱える奴は初めて見たぞ」
ヒヅキの付けている義手へと目を落とした店主は、ヒヅキに目を向けて、心底呆れたように息を吐く。
そんな店主を見た後、ヒヅキは支払いと共に不用品の買取をしてもらえないか尋ねる事を思い出し、背嚢を降ろそうとして。
(ああ、そうか。義手を付けたんだったか)
すっかり片手で背嚢を降ろすことに慣れていた為に、左腕に感じた重さでそう思い出す。
付けたばかりの義手を使い器用に両手で背嚢を降ろしながら、ヒヅキは店主に不用品の買取に付いて切り出した。
「あの、いくつか必要なくなった物があるのですが、買い取ってはもらえませんか?」
「物によるが、構わんよ」
そう言いながら、店主は勘定台を回り、いつもの席に腰掛ける。
「その前に、義手の代金から」
ヒヅキは背嚢の中に手を入れると、前回の両替の時よりも多いカーディニア王国の硬貨が入った袋を取り出し、それを店主の前に置く。
「……本当に持ってんだな」
硬貨を盆の上に出して数えながら、店主は呆れたような驚きを口にする。
「でなければ頼みませんよ」
「まぁそうだが、実際に目にするとどうしてもそう思うのだよ。こんな大金よく平然と持ち歩けるものだとな」
店主の言葉に、ヒヅキは苦笑を浮かべる。
「それはそうなのですが、預ける場所もなかったもので」
肩を竦めてそう言うヒヅキを、店主は手元から視線を上げて確認すると、先程の事を思い出し、納得したように頷いた。
「ま、そんだけ魔力の扱いに長けた奴が、そうそうそこらの奴に後れもとらんか」
それにどう返したものかと、ヒヅキは曖昧な笑みを浮かべる。
その間にも枚数の確認は進み、店主はほとんどの硬貨を袋に戻すとひとつ頷き、盆の上に残った硬貨を集めて手近にあった小袋の中に移して、それをヒヅキに差し出す。
「気をまわし過ぎだ。こんなに要らんよ」
「……間違えて、多く入れていた袋を取り出してしまいました」
小袋を受け取り、ヒヅキは小さく笑ってそれを背嚢の中に仕舞う。そんなヒヅキに、店主はつまらなさそうに鼻で息を吐き出す。
「それで、買い取ってほしいという品はどれだ?」
店主の言葉に応えるように、ヒヅキは背嚢の中から不用品の数々を取り出し、店主の前に置いていく。
「また、結構な量だな」
目の前に積み上がった品々に、店主は呆れながらも、ひとつひとつ手に取り査定をはじめる。
「ま、この水筒の山は纏めて何とか、ってとこだな。他のも似たり寄ったりだが、すべて買い取ってやろう。あとはこの小箱だが」
店主は水晶の欠片が入っていた小箱のひとつを手に取り、作りを確かめるように角度を変えて細かく観察していく。
「これだけは逸品だな。拵えもしっかりとしていて、目立った傷も見られない。こいつらだけは高く買い取ろう。それで? 支払いはエルフ硬貨がいいのか? それともカーディニア硬貨がいいのか?」
その確認にヒヅキは少し考え、カーディニア硬貨で貰う事にした。手元にはエルフ硬貨が多く残っていたし、これから先、使う機会はそうそうないだろうという判断からだった。