魔法道具72
宿屋に戻ってきたヒヅキは、一度自室に戻って休んでから、食堂でリケサと夕食を摂る。
今日戻ることを事前に伝えていた事と、宿屋に戻った際に顔を合わせていたので、夕食は問題なく用意されていた。
いつも通りに夕食を食べ終えると、自室に戻ってそのまま眠る事にする。色々とあり、精神的に疲労していたのか、直ぐに眠ることが出来た。
翌朝目が覚めると、食堂で朝食を取って外に出る。
今日からまた氷の女王の家の方に向かおうかと思ったヒヅキであったが、気配察知に丁度鍛冶場から出てくる反応を捉えて、足を止める。
「完成したのかな?」
そう思いその気配の動きを追う。
もしかしたら休憩するために出てきただけかもしれないし、気分転換かもしれない。もしくは、完成したがこのまま店には出ずに休むのかもしれない。などと考え気配を追っていくと、案の定、店主はそのまま店には行かずに近くの家に帰っていった。
「義手は明日かな?」
そう思いつつ、足の向きを氷の女王の家が在る方面に向けて動かしていく。
今日こそは出会えるだろうかと思いつつも、今までが今までなだけに、ヒヅキはほとんど期待せず家の前に到着する。
そこから木に背を預けたまま時を過ごすも、結局その日も何の成果も無く宿屋に戻ってきた。
宿屋で夕食を摂り、自室で夜を過ごした翌日。
ヒヅキは朝食を終えて自室に戻ると、不用品を背嚢に戻してから鍛冶屋に向かう。気配察知で既に店に店主が居る事は確認済みであった。
宿屋を出てから町の中を進み、鍛冶屋の前に到着すると、扉を開き中に入る。
ヒヅキが中に入ると、厳めしい顔の店主が勘定台の奥に座りながら、睨みつけるような鋭い目でヒヅキを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ、お前さんか。丁度いい。今日にでも宿屋に連絡を入れようと思っていたところだ」
嗄れ声でそう言うと、店主は店の奥に消えていく。
ヒヅキは勘定台近くまで歩み寄ると、奥に消えた店主が戻ってくるのを静かに待つ。
程なくして店主は、その手に肘辺りから下の腕を持って戻ってきた。
「どうだ! 本物の様だろう?」
自信に満ちた声でそう言いながら勘定台を回って外に出てきた店主は、それをヒヅキの目の前に掲げてみせる。
それにヒヅキは店主を見やってから、腕の方に視線を移す。
「確かに……」
自身の右腕を確認した後、ヒヅキはその腕と比べるように右腕を持ち上げ、その腕の横に並べる。
そうすると、一層店主が持つ腕と自身の腕との違いが分からなくなるほどに精巧に出来ているのが分かる。肌の色もだが、見た目の質感もかなりの精度で再現されていた。
しかし、唯一肌触りだけは義手の方が柔らかく出来ているようで、ヒヅキの筋肉質で硬い右腕と違い、義手は適度に柔らかさが残るもので、少しぷにぷにとした弾力があり、触り心地は義手の方が上のようだ。
そんな事を考えながらも、概ね気に入ったヒヅキがそれの取り付け方を訊くと、その前に保守のやり方が先だと、そちらの講義から始まる。
流石にかなり精巧に出来た魔法道具だからか、説明も小難しいもので覚えるのに一苦労であったものの、他に客も居ないからか、店主がかなり懇切丁寧に説明してくれたおかげで、しっかりと覚える事が出来た。ただし、事前に言われていたように、そこまで頻繁に保守点検は必要ないらしい。
説明が終わって、次はいよいよ義手を腕に取りつける段となり、これからは何があっても自分で着脱出来るようにと、実際に取りつけながらの講義が始まった。
講義自体はそこまで難しいものではなかったが、取り付ける際の一瞬の痛みに、ヒヅキは僅かに顔を歪めた。
そこまで終えると、次は義手の動かし方に移行していく。