魔法道具70
「まぁとにかく、この話はこれぐらいでいいんじゃない?」
ウィンディーネは肩を竦めると、そう口にする。
「そうさな。万象の理については、特段他に語ることもないか」
「そうなのですか?」
「ああ。万能の魔法という一言に尽きるので、それ以外に語る事の無い魔法だからな。強いて上げるとすれば、先程話した神の魔法というぐらいか」
「……そうでしたか。お教えいただきありがとうございます」
ヒヅキはグノムに礼を告げつつ、密かにウィンディーネへと目を向ける。あれほどウィンディーネが語ることを拒んでいた以上、他にも何かしらの事があるはずだと疑いつつ。
しかし、これ以上話す事はないと言われれば、大人しく引き下がるしかない。食い下がったところで新しい情報が手に入るとも思えなかった。
「なに。約束だ、構わんよ。それで、それだけでいいのかね?」
「どういう意味でしょうか?」
グノムの言葉に、ヒヅキは意味が分からず首を傾げる。依頼の報酬としてヒヅキが要求したのは光の魔法の情報で、先程他に光の魔法、いや万象の理について情報は無いと言われたばかりであった。
「まぁ、もう一つぐらい願いを聞き届けようと思っただけだ」
そんなグノムに、ヒヅキは僅かに驚きを浮かべつつ、何を訊こうか急ぎ思案する。折角神に何かを問うことが出来る貴重な機会なのだから、よく考えなければならないだろう。
(さて、どうしたものか……)
ヒヅキは少し考えただけで直ぐに幾つか候補が思い浮かんできたものの、そのどれもが調べれば判りそうなことばかりなので、ここで訊くほどのことではない。
顎に手を置き、瞑目して考え始めたヒヅキを、グノムとウィンディーネは静かに見守る。
程なくして目を開いて顔を上げたヒヅキは、グノムに顔を向けた。
「では、お訊きしたいのですが」
そう言いながら、ヒヅキは背負っていた背嚢を地面に降ろすと、中から飾り気がないながらも丈夫な作りの小箱を取り出し、ふたを開けてその中身をグノムの方に向ける。
「これが何か分かりますか?」
ヒヅキが見せたその小箱の中身へと意識を向けたグノムは、少し驚愕の混じった様な声音を出した。
「それをどこで見つけた!?」
予想外のグノムの反応に、ヒヅキは内心で首を捻りながら、遺跡を探索して見つけた事を告げる。
「なるほど。その時に、そこの意地の悪い者は居たのか?」
グノムの問いに、ヒヅキは僅かにウィンディーネへと視線を向けると、直ぐにグノムの方に視線を戻して頷く。
「はい。ウィンディーネも居ました」
「それで、何も訊いていないのか?」
「はい。そうです」
首肯するヒヅキに、グノムは呆れた様な雰囲気を醸す。
「相変わらず、君はろくなものではないな」
「あら、失礼ね。必要なかっただけよ」
「そんな事はないと思うが……」
そこまで口にして、グノムは言っても無駄だと言葉を切る。
「君が手にしているそれは、心臓だよ」
「心臓?」
グノムの言葉に、ヒヅキは思わず小箱の中で煌く水晶の欠片に目を向ける。
「ああ。まだ全て揃ってはいないようだが、それはとある方の心臓だ」
「……とある方?」
かなり高位の神と思しき存在であるグノムの敬意の籠った言葉に、ヒヅキは眉を動かす。
「ああ。我らよりも遥か昔から存在している神に準ずる御方さ。謂わば我らの先輩さ」
「先輩……」
ヒヅキはグノムの言葉を脳内で咀嚼しながら、隣に立つウィンディーネの方へと密かに目を向ける。
「まぁ、我の知る限り、もっとも神に近い存在だ」
「……何故、そのような方の心臓がここに?」
「恐れたからさ」
「恐れた? どなたがですか?」
そう訊き返しながら、ヒヅキは一人しか思い当たらないかと内心で呟く。いや、この場合一柱か。
「勿論、現在の神がさ。だからこそ、襲って心臓を砕いてしまったのだ」
「なるほど。しかし、それが何故遺跡で小箱に仕舞われて保管されていたのでしょうか?」
「それは、そういうモノだからだよ」
「?」
「神でも完全に滅することが出来ない存在、という訳さ」
ヒヅキはその興味深い話を聞き逃すまいと、先程以上に前のめりになって耳を傾けた。